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㊗️ 嫌いな人ができました

嫌いな人ができた、
どうにも好きになれないのだ

毎回のように書くが、私は人生においてそこまで大きな苦労がなかった人だと思っている。友達こそ少ないけれど、少年院にも入ったことはないし別に引きこもりだった訳でもない。お父さんは社長ではないけれど、別に家計で苦しんだことはない。抜きん出て頭がいいとも思えないけれど、別にすこぶる馬鹿だとも思ったことはない。

そんな毎日が凪のような人生を歩いてきたから嫌いな人なんて全くもっていなかった。
人間関係においてもほとよく程のいい関係を作ることができたからだ。
嫌いだな、と思えるところまで行かないのだ。

自慢じゃないが、おそらくそこまで他人から大きく嫌われたこともないと思う。

そこそこ嫌われないための方法

それなりに人生を生きてきた私が大きな不自由なく様々な集まりに薄ぼんやりと携われてきたのは、嫌われないための方法を模索してきたからであるといえよう。その方法は簡単だ。

1. 笑顔でいること
簡単そうに見えるが意外と難しい。
簡単に確認する方法は毎回鏡で自分の笑顔を確認することだ。口角をあげて目尻をキュッと下げる。ここで意識しなければならないのは、本当に笑った顔はブスであるということ。他人の笑った顔をよく観察してみるといい。他人が本当に楽しそうに笑った顔はその場で見ていると本当に可愛く見える。ただ、俯瞰して見て欲しい。仮にその笑顔の瞬間を写真に納めたらお世辞にも可愛いな、とは思えないはず。楽しそうなブス。かわいいブス。だから、鏡の中の自分が可愛いと思ったら、それは失敗。現実はSNOWじゃないからね。
ちなみに体を後ろに仰け反らせるというリアクションは大げさに見えるけど、他人に私の話聞いてくれてるんだな感を与えることができるので適宜やることがおすすめ。

2. 集まりにはそこそこ出席すること
集まりで関わる飲み会にはそこそこ出る。目安は6割。あまり出過ぎないであいつは誘ってもこないやつだからな、とレッテルを貼られない程度の頻度で出席すること。ただ、毎回行くと常にあいつなら来る、と誘われてしまうので要注意。

3. 自分のことを話さないこと
人と深く関わる最大の鍵は「共通点を作る」ことである。ほとんどの場合、自分のことを話し、相手の身の上を聞き、どういう人間かを分かりあうことで相手との親密さが決まる。だから、自分にまつわる情報のウォール・シーナとウォール・ローゼを決めておくべきだ。最悪でも、ある程度被害はあるが、まだ致命傷ではないウォールシーナ圏内で事は収めたい。自分の悩み・恋人への不満なんかを話してしまった日には地獄だ。今後、なんだか話が広がらない場合に「最近どうなの?」という雑なフリから一生ネタにされる。

4. 流行はある程度追っておくこと
さて、ここまで読んでいただいた方にはお気づきだろうが、今までの1~3を忠実に再現してしまうと、ヘラヘラ笑ってなんかいる、程度のただのよくわからないやつなのである。人間ただのよくわからないやつほど胡散臭いものはない。したがって、1~3だけでは影こそ薄くなったけれどまだまだ嫌われてしまう可能性も高い。先ほども書いたが、人と深く関わる≒人と打ち解ける最大の鍵は「共通点を作る」ことである。

自分のことに触れず、人との共通点を作る方法、それは流行に詳しくなることだと思う。いつかのラジオで聞いたけれど、爆笑問題の太田光は漫才に時事ネタを用いると理由として「終わりがないから」と言っていた。そう、時事ネタには終わりが来ない。時間の経過とともに次々に新しいニュースが飛んでくる。だから、新しい話題に事欠かない。ただ、ここでいう時事ネタとは世間一般の流行もさることながら属しているコミュニティの流行りのことも含む。ただ、そんな窓際族の人間にタイムリーな情報はほぼ回ってくることがないため、SNSでキーとなる人間の近況を追っておくことをおすすめする。特にタイムラグが少なめで情報が回ってくるツイッターとストーリーは抑えたい。
時事ネタで相手との共通言語を作ること、この絶対防御ラインを作っておくことが相手との距離を保ちながら害がない人間という印象を与えることのできる方法かな、と

よし、これで完璧。


嫌いな人ができなかったわけ

そんな程のいい関係から入るもんだから、こんなに距離を置いていてもびびっとくるくらいのなにこの人素敵!!!!と思う人こそあれど、うわめっちゃ嫌い…(中指)という人なんていなかった。だって、距離を置いてしまえばいいのだ。いやになるほど興味がなかった。

私に嫌いな人ができなかったのは、もう1つ理由がある。いや、こちらの方が大きい理由だ。私だって嫌だと思う相手が、よく会う人とかになると、さすがに嫌気がさしてくる。頻繁にいやだなあいやだなあと稲川淳二よろしくやってるわけにはいかない。ただ、そんな時、以前の私はああ、こんなに嫌な思いをするのは、私がいけないんだ…というネガティブな方向に思考が傾いた。

「この人がこんなに私に棘をむけてくるのは私がダメだからだ、私が、私が私が」

…いやよくわからん、
人の気分がすべて私起因で動いているなんて傲慢だったんだろう
ただ、調子がよくないと人間全てのストレスの矛先が自分自身に向くようだ。全然関係ないことでもとりあえず謝る。ごめんなさいごめんなさいごめんさい、 それがまた相手の怒りを引き起こすことになってしまうのだけど だって、怒られた時にはごめんなさいって言うってずっと習ってきたじゃないか!私は人から湧き出るネガティブな感情に当たると、なぜか自分から出てくるごめんなさいを我慢することができなかった。

だからいやなことがあっても、その感情を相手に向けることがなかったし、嫌いになることがなかったのだ


嫌いな人ができた

だから、嫌いな人ができたというのは私の中では非常に珍しいことで非常に驚くべきことだったのだ。

その人は、まあいろいろあって度々会わなければならない人で、なんとも普通の人だった。別に取り立てて格好がいいわけでもなく、別に取り立てて身なりが綺麗というわけでもなかった。基本的に屋外で会うことが多い(特に渋谷)のだが、後ろを歩いている人たちとなんら変わらない。ただ本人としては口が上手なことが自負らしく、時々自身の渾身の冗談を言っては、しん、とした場を作らないように誰よりも先に笑っていた。まあそれくらいの人ならいらいらする程度でどこにでもいるのでいいんだけど。

私の心を一番ざわつかせるのはその目だった。
冗談を言った後にみんなが笑っているかをずらっと確認するじとっとしたあの目。誰かが面白そうな話をしていたらじっとその人をハンターのように見つめるあの目。あの目に捕まったら最後、2秒後には話題を捕まえてすぐ割り込んでくる。

ああ嫌い。
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。


そんなこんなで、私はその人が大の苦手だったことが分かった訳だが、以前の私だったら、そんなことを気にしてしまう自分がよくないだとかなんとか、しょうもない理由をつけて心の奥にしまっていただろう。(ただ、ここで確認しておきたいのは、目の件については私の"この人嫌いゲージ"が溜まる最後のひと押しをしただけであって、おそらく私は内容のない薄っぺらい話をして自分で笑いを強制する人が普通に嫌いなのだ、)

でも今は堂々と言える
あの人、本当に嫌い


凪いだ人生と凸凹の人生と

誰にでも八方美人でかしこばって「私は嫌いな人なんていないから〜〜」なんて凪いでる人生もよかったのかもしれないけれど、今ああ私はこの人嫌いだな、と思えることでなんだかより大人になったような気もする。嫌いという感情は、自分が正しい、自分はこう思うというものがあればこそ生まれるものなんだろう。自分とは相容れぬ考えだからこそ嫌悪の感情を抱く。嫌悪という感情は人間がもつ基本的感情の1つだからまあそんな一朝一夕になんとかできるもんじゃないし。その感情を持ってたからってその人をいじめ始めるみたいな頭の悪い生産性の悪いことはしないし、別に明日からガラっと周りが変わっちゃうわけじゃない。

ってか、私だって嫌になっちゃうくらいもう大人なの。
嫌悪の感情一つ二つ持ってたくらいでそんなに態度を変えるような、にわかなポーカーフェイスだけで生き延びてきたわけじゃなくってよ。


それより、

祝杯をあげよう!
凪の人生だった私に嫌いな人ができたんだ!別にお前に好いてもらわなくたって私は幸せになれるんだ!それがわかった!すごいじゃないか!


今日もあの顔が目に入る。
多分来週も、来月もわずかな時間だけどその人と会う

あああの人マジで嫌いだな、!
そんなことを思いながらちょっと大人なポーカーフェイスで生きているのです、

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いとうという名前でいろいろ書き綴ってます。ミスiD2019 文芸賞。物書きと被写体と映像と服作りとマルチクリエイターを気取ってます。