フットボールのダイヤモンド・オフェンスにおける攻撃サポートの構造化10 2.1.5 試合中のプレーは無意識的で直感的かつ自動化されている

2.1.5 プレーヤーの試合中のプレーは無意識的で直感的かつ自動化されている

身体的動作は脳からの意識的な指令を必要とせず、基本的に無意識なプロセスにより機能している。意識的にできることは、身体動作にブレーキをかけることくらいだ。意識的な経験は1つの結果にすぎない。        ナタリア・バラゲ&カルロタ・トレンツ(共に心理学者/スペイン)


無意識:

フットボールの試合中、コーチはプレーヤーに「考えてプレーをしよう」という指示を出すことが多いと思う。しかし、試合中にプレーする方法を考える時間はほとんどない。

マイケル・S. ガザニガ(2012)によると、脳の仕事のほとんどは無意識のレベルで行われている。彼の著書「〈わたし〉はどこにあるのか:ガザニガ脳科学講義」の中で、ベンジャミン・リベットとチュン・シオン・スーンの研究で明らかになったことは:

脳の仕事の大半は無意識レベルで行われており、本人が意識的に決断する数秒前に決定が下されている

ベンジャミン・リベットとチュン・シオン・スーンの研究結果に基づいて考えると、フットボールの試合中にプレーヤーが考えてプレーをすることが非常に難しいことが理解できる。試合前やハーフタイムのミーティングでコーチがプレーヤーに理論的に説明し、プレーヤーはそれを理解する。プレーヤー間でも互いに意見交換し共通理解が得られると思うが、その共通理解が得られたことを試合中にプレーヤーが考えてプレーをすることはほとんど不可能なことであろう。

ジョン=ディラン・ヘインズ(2008)を中心とするグループは、ベンジャミン・リベットの実験をさらに発展させている:

ある傾向が生じるときは、それが意識にのぼる10秒も前から脳にコード化されていることを突きとめたのだ。

自分自身が意識する10秒も前に脳内で無意識的に活動が始まっているのだ。言い換えると、記憶は脳にコード化して保存されているのだろう。コード化をフットボールに置き換えて考えると、チームプレーの原理・原則を理解してプレーすると、そのチームの原理・原則に適合したコード化されたプレーオプションが無意識的に発生するのかも知れない。クラックと呼ばれる超一流プレーヤーは、コード化された多種多様なプレーオプションが脳に保存され、プレーをする状況に応じて無意識的に表出するのであろうと考える。

フットボールにおけるプレー記憶のコード化とは、一つ一つのプレーや動き方、ポジショニング等に名前をつけ、いわゆるコードネームをつけて記憶することであると考える。バスケットボール用語辞典(2017)の序文にはこのような説明がある:

指導者とプレイヤーもしくはプレイヤー同士の「プレイイメージの共有」

プレーイメージを共有するために、日本のバスケットボール界では専門用語を統一しようとしているのだろう。フットサルやハンドボール、その他の集団スポーツにおいてもこのようにプレーや動き方、ポジショニング等に専門用語(コードネーム)をつけてプレーイメージを共有しやすくしている。一つ一つのプレーや動き方、ポジショニング、攻撃や守備のスタイル等に名前をつけること、専門用語を統一することで、指導者とプレーヤー、プレーヤー同士のプレーイメージを共有することが簡単になると考える。

FCバルセロナの下部組織で長年監督やコーディネーターを務めたラウレアーノ・ルイス(2012)は戦術トレーニングについてこのように述べている:

戦術の練習はよくやっています。”ラ・カジェ” ”ラ・ドブラーダ” ”エル・パシージョ” といった名前を付けたポジショニングの練習も、よく行なっていました。幾つか試合の局面で使うプレーを用意してあり、選手たちは全部それを理解していました。試合中にどのプレーをするのか、その都度決めるだけで良いのです。ボールを持っている選手が、その時ベストだと思うオプションを選ぶ。

プレーヤー同士が試合でプレーイメージを共有するには、このようにチーム内、もしくはフットボール界全体でプレーや動き方、ポジショニング等の専門用語を統一することが必要なのではないかと考える。コーチも専門用語(コードネーム)を使うことでプレーヤーに指示がしっかりと伝わることだろう。

2006年10月22日のスペインの新聞「エル・パイス」の記者であるル・マルティンはリオネル・メッシにこのような質問をした:

ル・マルティン記者:「ドリブルの練習はするのか?」
リオネル・メッシ:「ドリブルの練習なんかしたことは一度もない。決めたいゴールをイメージすることもない。試合でボールを持つとなぜかできるんだ」

リオネル・メッシのインタビューから想像するに、彼は幼少期からフットボールが身近にあり、試合をプレーする、観戦する間に多くのプレーオプションを脳内に無意識的にコード化して記憶し保存されているのかも知れない。リオネル・メッシやその他の超一流プレーヤーは脳内にコード化されて保存された記憶から、プレーをする状況に最適なプレーオプションを無意識的に表出しているのであろう。それは創造性のあるプレー、即興プレーであると考える。

そのように考えると、子供は良い試合を沢山観て、多くの試合に出場して、その観たこと、実践したことの経験がコード化された記憶として脳内に保存されると考える。コーチはプレーの状況を設定したトレーニングを確立し、多種多様なプレーの状況に最適なプレーオプションを提供することがプレーヤー、チームの成長に効果的であろう。

もしかすると超一流プレーヤーには、このようなプレーオプションを提供する必要性はないのかも知れないが、プレーヤーが集団プレー、チーム戦術を理解し、学び、即興プレーとして試合で表出するようにするには、試合の状況、プレーをする状況を設定したトレーニング・メソッドがプレーオプションを理解する、経験する、学ぶ、増やすのに非常に効果的だと考える。

D.S.バセットとマイケル・S. ガザニガは、行動の道筋についてこのように説明している:

実行された一連の行動は意識的な選択のように見えるが、実は相互に作用する複雑な環境がそのとき選んだ、創発的な精神状態の結果なのだ。

プレーヤーは試合中、無意識的にチームメートと相互作用をする。それが結果として創発という精神状態を生じさせ、即興プレーの形として現れるのだろう。例えば、ピアノの演奏やダンスステップの習得を考えた場合、それらを一度習得すると、自身の指や脚は無意識に動くことだろう。

プリンスのバンドのキーボードディストであったミスター・ヘイズは、プリンスから学んだことについてこのように述べている:


「やめない限り、ミステイクではない」

優秀なコーチ(教師)は、例えば、ピアノの生徒がピアノの演奏中に間違ったとしても、そのまま演奏ををし続けるように指導するそうだ。なぜなら、生徒のオートマティックな動き(演奏)を妨げないようにするためだ。一度、習得したことでも、苦手な所がある場合がある。その苦手な所をコーチが指摘して、演奏を止めて、苦手な所だけ何回もトレーニングをしたとしても、それは、生徒の無意識なオートマティックの動き(演奏)を妨害し、生徒に苦手な所を意識させてしまうことにつながるのだ。そうなると俗に言う苦手意識ができてしまい、何回も同じところで間違うようになってしまうのだろうと考える。

マイケル・S.ガザニガ(2012)はバスケットボールのフリースローを例に意識の介入について説明している:

フリースローをするとき、考えてはいけない。練習で何百回とやってきたように、ポンと投げればいいだけ。意識が介入して、よけいな時間がかかると「へま」が起こる。

フットボールのペナルティキックも同じであると考える。ペナルティキックはゴールがバスケットボールより大きいので簡単であると考えることもできるし、相手ゴールキーパーがゴールを守っているので、フリースローよりも更にプレッシャーがかかり難しいと考えることもできる。

ペナルティキックも何度もトレーニングしたようにゴールにシュートを打たなければならない(キッカーによっては何種類かオプションがあるかも知れない)。そこで意識が介入すると、ミスが起こる可能性がある。もっとも、ペナルティキックの場合、何度もトレーニングしたように狙ったところにボールを蹴っても、相手ゴールキーパーに取られる可能性と、たとえ、ミスキックであったとしてもゴールする可能性はあるのだが。

ペナルティキックはキッカーと相手ゴールキーパーとの相互作用によって成り立っている(試合中のペナルティキックの場合は、キッカーがチームメートにパスをする可能性とリバウンドへの対応も考慮する必要がある)。フットボールはペナルティキック一つとっても十分に複雑なシステムであると考えることができる。


直感的:

村上春樹(2015)は自伝的エッセイ「職業としての小説家」の中でイマジネーションについてこのように説明している:

イマジネーションというのはまさに、脈絡を欠いた断片的な記憶のコンビネーションのことなのです。あるいは語義的に矛盾した表現に聞こえるかもしれませんが、「有効に組み合わされた脈絡のない記憶」は、それ自体の直感を持ち、予見性を持つようになります。

超一流のフットボールプレーヤー、ミュージシャン、作家などのアーティストと呼ばれる人々は、村上春樹が言うよに、「有効に組み合わされた脈絡のない記憶」が、それ自体の直感を持ち、予見性を持つようになるのかもしれない。そのように考えると、リオネル・メッシがエル・パイスの記者の質問に答えた内容も理解できるのではないかと考える。


自動化(オートマティック)の獲得:

更に村上春樹(2015)は、オートマティクなイマジネーションの出現について、先程と同じ自伝的エッセイの中でこのように述べている:

小説を書くことに意識が集中してくると、どのあたりのどの抽斗に何が入っているかというイメージが頭にさっと自動的に浮かんできて、瞬時に無意識的にそのありかを探し当てられるようになります。(中略)言い換えれば、イマジネーションが僕の意思から離れ、立体的に自在な動きを見せ始めるわけです。

村上春樹の頭の中には、キャビネットがあり大きな抽斗、小さな抽斗の中に様々な記憶が情報として詰まっているそうだ。

「イマジネーションが僕の意思から離れ」と村上春樹が自伝的エッセイの中で言っているが、フットボールの試合に置き換えると、超一流プレーヤーは無意識的にプレー状況に適したプレーオプションを瞬時に探し出して、直感的に選ぶことができることを示している。

FCバルセロナの下部組織で長い間指導してきたロドルフ・ボレル(2012)は予測可能な攻撃の全てのオプションをトレーニングする必要性をこのように説明している:

予測可能な全てのオプションを用意しておくのです。練習では何度もこういったことを練習し、戦術の意義を学びます。ゴールへのオプションを多く抱えているほど、その選手はチームに貢献できます。

ボクサーはシャドーボクシングをするが、ロドルフ・ボレルが言っている、予測可能な攻撃の全てのオプションをトレーニングするという考え方とシャドーボクシングは非常に似ていると考える。

スペインのフットボールにはオートマティズモ(Automatismo:自動性、無意識的行為)というトレーニング方法がある。通常、相手をつけないで行い、プレーヤー全員(10、11人)が、組織的にオートマティックに様々な状況に瞬時に最適なプレーを選択できるようにするためのトレーニングだ。これはプレーヤーのイメージトレーニングであり、チーム内でプレーイメージを共有するためのトレーニング方法だ。

例えば、様々な攻撃のプレーオプションをトレーニングする、もしくは、守備であれば組織的なプレッシングをトレーニングする時など、その動き方を習得するのに非常に有効なトレーニング方法である。

マイケル・ S. ガザニガ(2012)は自動化についてこのように説明している:

放射線技師は、マンモグラフィーの写真をたくさん見れば見るほど、正確に速く判断できる。脳内のパターン認識システムが鍛えられて、異常な組織のパターンを自動的に認識できるようになるからだ。自動パターン認識能力に磨きをかけた者が、その世界のプロフェショナルになるのである。

フットボールのプレーを分析するために、コーチは多くの試合を観る経験を通して、プレーのどこを観るべきかを知ることができるようになると思う。コーチが試合を分析する経験を積むことで、迅速かつ正確にプレーを分析することが可能になる。例えば、前半のプレーを観て分析し、ハーフタイムにプレーヤーに良いアドバイスを与えることが可能になることだろう。

このように考えていくと、フットボールは非常に複雑な状況の中で、無意識的にその状況に適したプレーを探し出し、直感的に選択していくのだ。それはオートマティズモなどのトレーニングを繰り返すことで、チームとしての自動化として獲得することが可能であると考える。そして、自動化とは機械化ではなく、無意識化であると考える。相手のプレーを読み、チームメートとの相互作用によって、結果として生まれるのが創発であり、それが即興プレーという形で現れるのだ。

さらにプレーヤーが即興プレーをできるように育成するためには、多くの素晴らしい試合を観ること、多くの試合でプレーをすること、プレーをする状況を設定したトレーニングをすること、プレーや動き方、ポジショニング等にコードネームをつけて記憶すること。それらによって多種多様なコード化されたプレー記憶が脳内に意識的・無意識的に保存され、それが試合中の即興プレーとして現れるのだろう。

プレーヤーは試合中に考えてプレーをすることはできないと考える。プレーヤーは無意識的にそのプレー状況に適したプレーを直感的に選択しているのだ。そう考えるとプレーや動き方、ポジショニング等にコードネームをつけて記憶し、チーム内でのプレーイメージを共有することで、プレーヤー同士が無意識的に同じプレーイメージを描けるようにする必要があるのではないかと考える。

引用・参考文献:

カノ・モレノ・オスカル. バルセロナの哲学はフットボールの真理である:勝利を引き寄せる"ポジショニングサッカー". 監修:村松尚登. 翻訳:采野正光. カンゼン. (2013). 165. 167.

S. ガザニガ・マイケル.〈わたし〉はどこにあるのか:ガザニガ脳科学講義. 紀伊国屋書店. (2014). 102. 161. 177. 250. 

New Breed with Takki. プリンスの言葉: Words of Prince. 秀和システム. (2016). 280.

村上春樹. 職業としての小説家. スイッチ・パブリッシング. (2015). 117-118.

ペラルナウ・マルティ. FCバルセロナの人材獲得術と育成メソッドのすべて:チャビのクローンを生み出すことは可能なのか. 監修・訳: 浜田満. カンゼン. (2012). 82-83.

バスケットボール用語辞典. 監修:小野秀二、小谷究. 廣済堂出版. (2017). 2.

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