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マイナス196℃のトマト

分子料理という1990年代の初頭にはじまった新しい料理のあり方。
分子レベルに働きかけることで、意外な料理が出来上がるという試みで新しい味の発見がある…、というので意欲的で新しもの好きのレストランで取り入れる店が多くある。
ただ新しい調理法で作られた料理は往々にして「難解で大げさな料理」になってしまうことがほとんどで、食べてみたいけど面倒くさい料理のように感じたりもする、ちょっと残念なムーブメントだったりする。

ところが先日。
熊本に来てクラフトビールのお店で分子料理のひとつに出会った。

マイナス196℃のトマトというのが料理の名前。
液体窒素を使って、一瞬にして素材を凍らせることで普通味わうことができない食感をたのしんでというトマトの料理。

一口大に切ったトマトを真鍮製のマグに入れます。
それを右手に。
左手にはステンレスのポットをもって、その蓋をあけゆっくりポットを傾ける。
するとポットの口からドライアイスが発するような白い煙が流れ出す。
ポットの口をよく見ると、透明の液体が吐き出されてる。
水なのにどこか金属みたいな輝き。
遠目にも重たさを感じさせる液体の正体が液体窒素。
それをとくとく、ゆっくりマグに注ぎいれ、スプーンで容器の中をしばらくかき混ぜる。
真鍮製のマグの表面に霜がびっしり貼り付いて、中からカラカラ、硬質のものが器を叩く音がする。
お皿の上でマグを傾け軽く揺すると、カランコロンと凍ったトマトが転がりだす。

オリーブオイルをかけまわしてからパクっと食べるという趣向。
口に入れた瞬間はそれは冷たい氷です。
普通の氷と違ったところはオリーブオイルの香りがすること。
そのオリーブオイルの香りが徐々に、トマトの香りにかわっていって口の温度で氷がゆっくりトマトに戻る。
そのトマトの甘いこと。
目からの情報はあくまでトマトで、なのに口に入れた瞬間。
舌から頭に伝わる情報は「これは氷だ」というモノで、それがゆっくり、やっぱりトマトであったんだという不思議な驚き。
その驚きがトマトを甘くしてくれる。

気取ったレストランであればこれをフォークやスプーンにのっけて食べることになるんだろうけど、カジュアルな店。
ビールの入ったグラスを片手に指でつまんてコリッと食べる。つまんだ指先がまずまっさきに氷トマトの冷たさを感じたことも甘さに拍車をかけたのかもなぁ…、と思ったりした。
オモシロい。


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