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【穴掘った話】

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




Ⅰ 紹介会社からの電話



「急で申し訳無いんですけど~、明日、駅構内での作業補助の仕事があるのでいかがですか~?」

およそ20年以上前だろうか。

私がまだ関西の田舎にある大学へ通っていた頃のことである。

当時私は実家のある九州から上京し、大阪府内にある小さなワンルームのアパートで単身生活を送っていた。

一人身の学生とはいえ、日々生活していくには当然それなりのお金がかかる。また大学の友人らと遊ぶにもお金がいる。

実家はそれほど裕福な家庭だったわけでもないので、仕送りだけでは月々の家賃程度しか賄えない。

足らない分は日々のアルバイト等で補填するしかないのであるが、にもかかわらず、上京してから数年も経つと私は生来の飽き性などが災いし、折角決まった仕事も気分次第で辞めてしまったりと段々怠惰な生活を送るようになってきた。

とはいえ、流石にそういう事を何度か繰り返していると生活にも困ってくる。

次第に私の性格上同じ職場で長く続ける事が出来ないのであれば短期のバイトを多くすれば良いと考えるようになる。

いつの間にか飲食店やコンビニは避けて、学生やフリーターを専門で派遣するような派遣会社や紹介会社に手あたり次第登録するようになった。

登録制の紹介会社であれば、仕事も短期間が多く、また仕事内容が気に入らない場合や私自身の気分が乗らなければ紹介された時点で断れば済む。

その日、登録している某社から部屋の固定電話に冒頭の連絡があったのは、大学から帰宅した夕方過ぎであった。

こちらが返答に困っていると、電話口の女性は急にタメ口で

「えっとぉ~、明日は何か予定入ってたりする~?」

「いや、特には・・・」

「じゃあ~、明日行ってくれるって事でいいんかなぁ~?」

そろそろ財布の中も寂しくなってきたという事実や駅構内での軽作業(楽そう)、また終始明るい関西弁で友人のように話す女性の雰囲気に(・・・というか多分馴れ馴れしい女性が嫌いじゃなかったという理由で)きっと大した仕事内容ではなかろうと判断した私は、一応迷った風を装いつつもそれほど間を置かずに電話口の女性に「行きます。」と伝えた。

続けて電話口の女性から口頭で説明があった内容は以下。

金額は日給8000円。
8:30に現地集合し作業は17:00迄。
服装は作業出来る程度の軽装(ジーパンも可)でOK。

何とお昼は弁当支給。

日給は集合場所から歩いて10分程度のところにある紹介会社の事務所迄取りに来て欲しいとのこと。

なぜかわからないがふと違和感を感じながらも、その日はさして気にもせず会話を終えたように思う。


Ⅱ.当日朝


当日。
天気も良く、気候も丁度良い穏やかな朝だった。

8:30前に地下鉄の梅田駅構内の集合場所に到着すると、既に私以外にもぱらぱらと20代~30代位の比較的若い男性が集まっている。最終的には5~6人程度になった。

集合した中に一人だけ土方スタイルでサングラスをかけた、かなり大柄の中年男性が立っていてまわりからは完全に浮いていた。

180cmを超える身長で恰幅も良い。手にバインダーを持ってメンバーを確認している様子から、どうやらこの男性が今回の責任者だろうことがわかった。

雰囲気の違う責任者の姿に一瞬今回は失敗したかと不安がよぎったが、格好とは裏腹に人の良さが滲み出るような優しい口調で話しかけられて内心少しほっとする。

8:30になると、大柄の男性からこれから作業場所へみんなで移動する事、作業中は怪我に気を付けてといったような簡単な説明があり、全員でわらわらと移動する事となった。


Ⅲ.地下


上京して数年経っているので、多少は梅田界隈も詳しいと思っていたが、責任者の後をついて何度か扉をくぐり、蛍光灯が照らす少し薄暗い通路を5分くらい歩かされると一体どこなのかさっぱりわからなくなった。

まるで迷路のような通路を歩いていたリーダーが何も言わず灰色のエレベーター前で立ち止まり、下のボタンを押す。

既に地下2Fにいるのだが、作業場所は更に下の階にあるようである。

エレベーターが到着したよと知らせるチンという音が静寂に響く。扉が開くと何とか全員乗れる位の空間があり、何となく私と責任者が最後に乗り込んだ。

責任者と隣に並ぶ形で乗り込むと、責任者は無言で行先ボタンを押す。

B7Fの表示ランプが光る。

・・・・・ん?・・・・地下7階!?

思わず目を疑いこっそりとまわりを見回すが気付いていないのか誰も驚いている様子は無い。

扉が閉まり無常にも階数を表示するランプが一つ一つ下がっていくにつれて、心なしか一抹の不安が胸のうちでふくらんでいく。

再びチンという乾いた音とともにエレベーターが開く。予想に反して、ビル内のようなコンクリの廊下が蛍光灯に照らされて奥へ続いている。

2人歩けば一杯のような細い廊下を一列に近い状態で、大柄な責任者を先頭に5~6人がすすんでいく。

狭い廊下の突き当りの脇を抜けると一気にひらけて楕円状の大きなトンネルが姿を現した。

トンネルはコンクリでしっかりと舗装されており、何となくイメージしてしまいそうな昔の炭鉱のようなものとは違う。

トンネル内も天井には蛍光灯がついており、比較的明るい。トンネルの脇には人が通れる通路があり、更に奥に続く。責任者を先頭に一行は更に奥へ進む。

すすむにつれてトンネル内に瓦礫が多く見られるようになった。

通路も所々に大きな穴が開いており、二本の長い木材が渡しとして置いてあったりする。

(うーん、、どうみても軽作業ではなさそうなんだが・・)

そんなことを考えているうちに瓦礫でトンネル自体が塞がれて行き止まりになった。

先頭を歩いていた責任者の合図で全員が止まり、振り返りざま

「この中で粉砕機を使った事ある人いますか?」

と声をかけてきた。

作業者は私も含めて全員ジーパン若しくはズボンにTシャツといった軽装である。(責任者のような土方ファッションは一人もいない。)

土木系のジョークかとか思いきや驚く事に数人の手が上がっている。

「では、手を上げられた方々は粉砕機で大きな岩を運べる大きさに砕いていってください。それ以外の方はあちらにある一輪車を使って砕いた岩の破片を先程通ってきた入口付近まで運んでください。」

責任者が指さした部屋の隅には無造作に置かれた一輪車と粉砕機が数台ずつ。

「それでは、くれぐれも怪我しないようにしてくださいね。軍手を貰った方は順次すすめて貰って良いですよ。」

責任者からその場で軍手が配られると、各自道具を手に取ったりしながら適度に間隔をあけて広がった。

私も若干の逡巡はあったがまわりの空気に流されつつ一輪車を手に取る。

ゴロゴロ転がった岩を一輪車に積んで入口付近の集積所へ集めるという作業がスタートした。


Ⅳ.土木作業(AM)



農作業などで一輪車を使った事があるという方は判ると思うがうまく使うにはコツがある。

一輪車というだけあってバランスが悪いので持ち上げてから手際良く前に進んでいかないとすぐバランスが崩れて倒してしまうのである。

一度も使った事が無かったので最初はフラフラとしていたが、当時は私も20代前半で体力もあったおかげですぐに使えるようになった。

まわりを見ると同じように一輪車を倒してしまう者もいたが、すぐに人の良い責任者が「大丈夫?気を付けてね。」と支えたり声をかけたりとフォローしていた。

ひたすら石や岩を一輪車に詰め、ある程度一杯になったら、入口迄を何度も往復する。

予想以上にきつい作業で粉砕機の音が響く中黙々と岩や石を運び続けていると、あっという間に昼の時間になっていた。

体力的には相当きつい作業であったが、責任者の滲み出る優しい人柄から、比較的に全員リラックスして作業が進められたことでそれほど大変だとは思わなかった。

お昼は来るときに使ったエレベーターで地上迄上がり、すぐ近くの公園で責任者からお茶と弁当を頂く。

相変わらず空は快晴である。また気候も心地良い。

食事中も人の良い責任者は「君は学生?」などと声をかけたりと、気配りを忘れない。

昼休憩中に他の作業者と会話をした事で、参加しているのは俳優志望で劇団に所属している人が2名、お笑い芸人を目指しているのが1名、学生が私含めて2名、なぜかオネェ口調の素性が良く判らない痩せ身の男性が1名というメンバー構成だという事が判った。

「何度かこの現場には来ているのか」と何気なく聞くと、どうやらこの現場は全員ほぼ初めてのようである。

お腹も一杯になり、若干の休憩後、また来たルートを全員で地下へもぐる。

体力的にはかなり疲れているが、コミュニケーションも互いに取れた事で、全員和気あいあいと地下へ潜っていった。


Ⅳ.土木作業(PM)



午後も作業内容は変わらない。

数人が岩や石を細かく砕き、その他の作業者がそれを拾って一輪車で運んでいく。

午前中と少し違うのは、作業者同士声を掛け合ったり、作業者同士が会話をする余裕が生まれた事。

一輪車ですれ違う際に声を掛け合ったり、軽く話をしたりするようになった。

昼の作業から30分程経った頃だろうか。

携帯で誰かと話をしながら突然派手なダブルのスーツ姿の男性が現れた。背はそれほど高く無いが、責任者の倍はあろうかというほどの肩幅である。

男性は速足で作業者の横を通り抜けると、そのままのスピードで奥にいた責任者を怒声とともにいきなり蹴りつけた。

もしかしたらプロレス以外で大柄の人が蹴られてゴロゴロ転がるを見たのは初めてだったかもしれない。

「全然進んでへんやんけボケぇええ!!!! どうやって間に合わすんじゃコラぁぁぁああ!!」

何とか立ち上がろうとする責任者を追い打ちをかけるように更に蹴る。

タイミングが悪い事に、近くにいたオネェ言葉の男性が驚いて「いや~ん」と言いながら一輪車を倒して石をぶちまける。

「おどれ何しとんじゃぼけぇえええええ!!!」

なぜかオネェの男性も蹴られる。

大きな体を小さくして「すいません、すいません」と必死で頭を下げる責任者。

膝をすりむいて「いたぁ~い~。」と小さく叫ぶオネェ。

現場は一瞬にして空気が変わり、そこから17:00迄は実はあまり記憶が無い。

確かその後、スーツヤ〇ザの指示で全員横一列に並ばされ「お前らチンタラしてたら即座にぶち殺す」といったような事を言われて、全員無言で一心不乱に作業をしたように思う。

ちなみに人の良い責任者はその後なぜか姿が見えなくなり、結局最後迄戻ってこなかった。

17:00をまわり、作業の終わりを責任者が告げた頃には心身共に疲れ果てていた。

重たい体に鞭打って日給を貰うために紹介会社の小さな事務所を訪れると、電話口の印象より一回り位上の年齢の女の人に日給を手渡されながら「お疲れ様でした~。また、こういうお仕事あったらお声掛けしても良いですか~?」と笑顔で言われたのでこちらも笑顔で「いやぁ、無理ですw」と即答し、少し驚いた顔の女性を後目にさっさと事務所を退散した。

一瞬カイジのような状況を想定しただけに家に帰りついた時には死ぬ程ほっとしたのを覚えている。

おしまい。

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