「私も化け物」

こんにちは。
株式会社イコム、採用Gです。

世間では森さんの失言話で大盛り上がりしているようです。
見えない先行きへの不安や、蓄積されたストレスの捌け口のない状態にいよいよ蓋ができなくなってきており、噴射をしているようにも見える事件。
耐えることの限界点を向かえるのはもう間もなくなのであろうか。
そういう瞬間を目の当たりにする時が近づいているようで、怖さを感じています。

以前にも自身の原体験で、同じようなことを目の当たりにしたことがありました。
「許される訳ではない」ことは勿論のこと。
「謝罪して済む問題ではない」「辞任して終わる話でもない」という意見にも100%同意。
しかしながらそれを理由に皆がよってたかって一つの過ちを拾上げては袋叩きにする。これはこれで本当に正しいことなのか?という疑問を抱えています。
皆がそれぞれの立場で考え直すことで、問題の本質を直視するときにあるのではないか。

精神学者のフロイトの言葉を思い出す。
氷山の一角モデルの話です。
「心とは氷山の一角のようなものだ」
「氷山はその大きさの7分の1を海面の上に出して漂う」

まさしく今回の森さんの失言問題は、1/7の水面に上がった氷山の一角に過ぎない。
女性蔑視、ジェンダーや貧困、多国籍などの問題は自分とは全く関係のないところにあるものではなく、身近なところにも存在している。
「私は化け物」という美輪明宏さんの動画を見て、「私も化け物」だと思うのでした。

リフレクション(内省)するこが必要なとき。
経験に対するリフレクション(反省的思考)を通じて、知を改めて形成することが求められているとき。
奇しくも、また同じように経験から学習することになった。
人間は能動的に環境に働きかけることができる存在。
個人も組織も、いま能動的にリフレクションすることで新しい未来を築いて行くことが求められている時だと、その刃をまずは自分に向けて考えられるようになりたいと思いました。


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