29/07/2020:『夢で逢えたら』

6畳半のアパートには炬燵とベッドを置いてしまえば、もうスペースは限られてしまって、だから僕も含めて3人いればもう狭苦しい。

どうして僕の家に集まることになったのかはあまり思い出せないが、もともとは6人ほどのグループの中で近所に住んでいるメンバーがこの3人だった。

なかなか全員での集まりが悪くなって来たから、せめて我々だけでも、みたいなことだった気がする。

僕らは大学の3年生で外国語を専攻していたが、それぞれが留学を控えていて、秋学期に入ってからどこかソワソワと日々を過ごしていた。このまま秋が終わり冬がくれば、僕らはそれぞれ世界のどこかへと散り散りになり、卒業まで会うことはない。

大学の隣の敷地には工事重機の整備工場があって、その脇に長い歩道沿うように走っている。自転車で2、3分。歩道の終わりには大学東門ー他に正門と西門があるーがあって、右に入り込むとそこからは大学の敷地になる。とはいえ、境界のフェンス越しにはずっと重機たちが並んでいるから、あまり外の歩道とは変わらない。

秋が深まるとこの歩道に植えられている金木犀の花が一気に開く。

甘さと爽快さ、そして切なさ。冷たい風を受けて自転車を漕ぐ肺の中で、いっぱいに吸い込まれる香りがこの街の季節の移り変わりを教えてくれる。

「そろそろ冬だねぇ。」

「そして、ここからいなくなるわけだ。」

「戻って来たとしても、もう今の俺らはいない。」

僕らは炬燵を囲んで鍋を食べた後ー電気鍋を買ってからはいつでも鍋だったー、適当にお酒を飲みながら大富豪をしていた。

あまり地元でトランプ遊びをしてこなかった僕は、いつも負け役だった。階段、8切り、縛り、ジョーカー・2上がりなど、ルールもあやふやだ。それでも、なぜか楽しい。ただこうして何も生み出さない時間が気持ちいいのだろう。

そして、きっとこの時間はもう少しすれば、全てが終わり、また再会したとしても、もう2度と訪れることはない。その憂いと喪失感の先取りに似た空気が、僕たちを包んでいた。

                 ・・・

時が流れていることの実感が湧くのは、いつだって何かが終わる間際だ。

それまではただその時の中にいるだけだから、そんなことに気づくわけもない。カレンダーを見て、「あれ、もうこんな季節?」と言ってもそれは偽物の時間で、今流れている時の中にいることは変わりない。

もう会えない人や行かない場所、戻ることのない会話たちだけが、僕らを一瞬だけ時の流れの中から引き上げてくれる。そして橋の上から川を見下ろすことができる。川には時間が流れている。

上流から流れてくる時間を橋の上で迎え入れるようにして見下ろす。水量は一定に見えるが、きっとそうではないだろう。でも、その辺はいい。

時はそのまま橋の下をくぐって流れていく。しかし、僕らは振り返らずに、ずっと過去から流れてくる側の時だけを見ている。流れゆく先はいつだって見えないものだ。

そして、一通り確認すると僕らはまた川の中に戻り、一緒に流れていく。

また次の終わりが来るまで。

もちろん、それがいつかは分からない。

                 ・・・

気怠く手札からカードを抜いて、重たげに中央へ重ねていく。

「おい、なんだよ。もっと低い数字からでもいいだろうが。」

「確かに、お前はそういうところがある。留学先で撃たれるぞ。」

「自由の国に行くんだ、撃たれてたまるか。出したもん勝ちだろ。」

缶ビール、チューハイ、ウィスキー。

柿の種、あたりめ、キューブチーズ。

ロック、Jポップ、ジャズ。

僕らはこうして幾度となく同じ夜を過ごして来た。

タバコを吸いに換気扇の下へ行く。トイレは座ってするように注意する。

また僕が負けた。この役で上がりたいと固執しすぎるところが僕のウィークポイントだった。いつだって時は流れているのだ、出せる時に出さないと。

気が付いたらもう明け方で、お開きとなった。

「さ、帰るか。」

「もう明日になったしね。」

「あ、俺も出るよ。ゴミ捨てる。」

カラカラと空き缶を袋に入れ、その他のビニールゴミなんかもまとめた。

乱雑に乗り物が置かれた駐輪場。その脇にゴミ置場があって、僕はそこへ投げ入れる。ゴミの種類によってもちろん袋は分けるが、いっぺんに捨てる、後は業者がやってくれるだろう。身勝手で、怠惰な学生のゴミ捨て。

深い秋の明け方。カーディガンを羽織ってきたはいいが、それでも寒い。特にサンダル履きの足元は冷えた。

「また行く前に集まれっかな。」

「かな。」

「かもな。」

2人はそれぞれ家路につく。僕はアパートの前で見送る。

また少し寝て、そして朝が来て、授業へと向かうのだろう。

金木犀の香りがずる。甘さと爽快さ、そして切なさ。

少し道路まで出て、自転車で遠ざかる2人の背中を見つめてみた。

時が流れていくことの実感が湧くのは、いつだって何かが終わる時だ。

川を見下ろす。

橋の上では、時の中にいるよりも、金木犀が強く香った。

                 ・・・

今日も等しく夜が来ました。

例えば、今だって。

Dragon Ashで『夢で逢えたら』。



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