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灰かぶり

ああ、うん。あいつのことだろ。
話すよ。聞きたいこと全部。
知ってるよ、よく知ってる。
最初に見たのはいつだったかな、あのクソ貴族の家が何やら騒がしいと思ったら、庭先に見たことないガキが突っ立ってた。
あの意地の悪いババアに暖炉の灰をぶちまけられてさ、その中から必死に何か拾ってた。
痩せっぽちで、胸も尻もまっ平のガキだ。
あのクソ貴族のことは知ってるだろ?
親父は女にだらしないし、ババアは使用人をいびり殺すのが趣味みたいな女でさ。
娘どもは貧民窟の人間を人と思ってない。
手下の使用人を俺たちにけしかけて、やりたい放題だった。
俺のここ、ここだってあの家の使用人にやられたんだ。
松明をさ、ぶつけられて。ひでえ目にあったんだ。

あ。ああ。そうだな。
突っ立ってたガキはそれからいびられ続けた。
飯もろくに食えず、何でも雑用をやらされてたんだろ。いつも髪の毛は真っ黒で、手足は傷だらけだった。
冬だって裸足でさ。
毎日飯を探して、こっちまできてたんだ。
だからさ。わかるだろ。
俺はパンやら干し肉を渡して、その代わりにいい思いをさせてもらった。
やせぎすで汚ない、何もできないガキに恵んでやった。
俺以外にも何人かいたよ、でもさ、みんなよくしてやったんだ。
可哀想だろ、だって。
だから変なやつを客にとろうとしたら止めた。女を最中に斬りつけるやつとかさ。
俺もギリギリだったけど、食べ物くらいは渡せたからさ。
みんなそう思ってたんだろうな。
「こと」が終わったあと、あいつは、ものすごい勢いでパンや干し肉を食ってたんだ。

可哀想になあって思ったんだよ。
子供は大事だ。嫁さんも大事だ。家族は何よりも大事だ。
何で当たり前の大事な物を、あのクソ貴族は大事にしねえんだろうって、思った。
ろくに食えずにやせぎすのあいつの手足は折檻の痕だらけでさ。

何年だっけな。
とりあえず、あいつが一丁前に胸も多少膨らむ頃だった。
普段一言も家族の話をしないあいつが、俺が終わったあと、言ったんだ。
「今度お義母さまたちが王家の舞踏会に行くの」
「私、行ってみたかった」
おかしいだろ?全員真っ黒に汚れたやせぎすの女が、そんなこと言うんだ。
でもさ、俺たちは、それを聞いてぐっときたんだよ。
上手く言えねえけど、とにかくぐっときた。
おかしいだろ?貧民窟のクソ野郎どもが、そんなことを言うあいつを放っておけなかったんだよ。
でも俺たちは何にも持ってなかった。
だから、奪おうって思ったんだ。

そう思うと簡単だった。
俺たちは、あいつを連れ出して、まず体を洗わせた。
娼館のババアに銀貨を握らせたら渋々湯をもらえたから、それで全身洗い上げた。
あの真っ黒な髪はよく洗ってそこにいた娼婦に結い上げてもらった。
元貴族って言ってたのは伊達じゃなかったな。
そこまでしたらあとは簡単だった。
王宮に向かう馬車を1台止めて、馬車から服から何もかも借りた。
借りただけだ。向こうにちゃんと頷いてもらったよ。最終的に。
服に血を付けないようにするのが面倒だったな。
結局俺の服は血塗れだったから、仕方なく泥水につけて黒の服にした。
あいつを乗せて、王宮まで届けた。
今でも何であんなにしたのかわからない。

それからどうしたっけな。そう、そうだ。
王宮から出てきたあいつに元の服を着させて、俺たちは帰った。
いい思いしたろって言ったと思う。
そこから朝まで、順番に俺たちも楽しませてもらって。
それで帰ったんだ。
まさかあいつが王族に見初められるとか、知らなかった。
王族の力で、あいつの居場所も、クソ貴族の所業も、俺たちが馬車を「借りた」ことも全部突き止めちまった。
あとはそっちの方がよく知ってるだろ。
殺しとか盗みとかは、あいつには見せてない。あいつは知らなかった。
それだけははっきり言える。

でもさ、知ってたんだよ俺。ガキはいつか大人になる。
あいつは大人になったら、俺たちは触ることもできなくなるって、知ってたんだ。
もう二度と、死ぬまで会うつもりなかったんだ。
ドブネズミは貧民窟で生きるべきなんだよ。
でも、最後に、本当なんだよ、最後に一度だけ、あいつの髪を触りたかった。

あいつは、最中に気をやる時、声を出さずに大きくため息をつくんだ。
はぁってさ。
普通の女は大抵高い声を上げるだろ、あいつは声を出さねえんだよ。
終わったあとさ、あいつの髪をこう、少しだけしごくようにするだろ。
そしたら黒い灰の中から金色の糸みたいに髪の毛が透けてさ。
すごく綺麗だったんだよ。

食べ物を渡す代わりに抱くなんて普通のことでさ。
でもその普通のことが、俺たちにはどれだけ、どれだけ特別に思えたか。
わかるか。
あんたらにわかるかな。

これで全部だよ。
うん、ああ。そうだな。
衛兵の剣って冷たいんだな。
一気にやってくれ。
あいつに伝えてくれよ。
幸せに暮ら。

(了)

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