雪に、沈む

マリアは編み物の手を止めてほの白く光る窓の外を見る。
雪の夜は明るい。空からはゆっくりと大粒の雪が音もなく降り積もっており、当然のことだが窓の外にあの癖毛はいなかった。

冬になって、今日で415日目。
ここ、トグリム地方は年間を通して常春の気候で有名だったが、10年に1度、実に2年に渡る冬が訪れる。
冬の間、世界は真っ白な銀世界となる。毎日降り積もる雪はゆうに子供の背丈ほどになり、時にそれは吹雪となる。
トグリム地方に住む人々の、10年に1度の長い冬の過ごし方は様々だ。
人間族とドワーフの多くや有翼族はこの2年間他の地方に旅に出る。特に有翼族は南国へ向けて大勢で長期間の飛行を行っており、他の地域でも風物詩となっている。
一方、その土地の樹木を依り代とするドリュアスたちは長い長い冬の眠りにつく。トグリム地方で生まれる獣人族の多くも生まれつき冬眠の習性を持つものが多く、ドリュアス同様冬眠して過ごす事が多い。

マリアは手元の毛糸玉に目を戻す。
冬に入る前に染め上げた深い赤の毛糸で編まれたチョッキ。おそらく彼の小麦色の毛皮によく映えるだろう。
編み地を広げてしげしげと眺めていると、ノックの音がした。
「大丈夫かい」
ごわごわとした掠れた声。裏手の家のドワーフのゴードンだ。
「あら、今日もご苦労様。有難う」
声をかけて部屋に迎え入れる。

冬眠しない多くの者は他の地方に移るのだが、それでも冬をトグリム地方で過ごす者もごく少数だがいる。
ゴードンはこの村の守り人だ。長い冬の間も定期的に村を回って皆の様子を確認したり、建物が崩れないよう雪かきをしてくれている。
「この冬は雪がすごいね」
ゴードンは赤らんだ鼻をこすりながら言った。
「マーセルんとこの小屋が潰れそうになってた」
「そんなに」
マリアは目を丸くした。
「はちみつは1さじでいいかしら」
「ああ、有難うよ」
湯気の立つ木のカップに温めた葡萄酒を注ぎ、はちみつを垂らした。

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