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物語のタネ その九『吸血鬼尾神高志の場合#28』

「じゃあ、作戦準備開始よ。さあ、並んで一人ずつアタシの血を吸いなさい!」

ドラキュラ会長の号令を受けて、世界中から集まったブラキュラ商事の社員、つまりはヴァンパイアたちがズラリと列を成した。
皆、この会社の創始者にして伝説の存在ドラキュラ会長、いや、ドラキュラ伯爵から血を吸うことを前にして、かなり緊張しているようだ。
かく言う僕もひょんな流れからこの作戦の中心あたりにいるけれど、この中では1番の新人なのだ。
ドラキュラ伯爵の存在が伝説では無いこと、しかも自分の会社の会長にして実在していることを知ってから、大して日が経っていないのは皆と変わらない。
ゾンビとの戦いもあるが、まずは、ヴァンパイアの親玉「Theオリジン」から血を吸うことに対して・・・
めちゃくちゃ緊張している。

「吸うのはね、一口だけよ一口だけ。チュッとね、なかなかの数いるからね、うちの会社の社員は、あはは」
ドラキュラ会長が愉快そうに言う。

「あ、それと、吸う場所だけど、脇腹でお願いね」

脇腹⁈

「吸血と言えば、首筋、もしくは首と肩のちょうど間のあたりっていうのが定番だけど、ほら、一回吸うだけならいいけど、今回はかなりの回数数でしょ。そうするとやっぱり跡が残る可能性高いじゃないの。それはちょっとね、と思うから、脇腹ね。昔から言うでしょ、顔はやめておきなボディボディって」
会長、最後の言葉を何故か不良っぽくキメて言っていた。
何かのギャグだったのだろうか・・・。
しかし、脇腹⁈なかなか自分の会社の会長の脇腹に歯を立てるという機会は無いよな・・・。
僕もそうだが、他のヴァンパイアたちの緊張に戸惑いが加わる。

「さあ、お一人ずつどうぞ!」
会長はそう言うと、上着の裾をめくり上げた。
そこには、老人とは思えぬ鍛え抜かれた腹筋が。
いや、不老不死だから年齢自体は2000歳を超えているけれど、別に老人ではないのか。
ふと、尾神さんを見ると、めくり上げられた会長のお腹を見た後、自分のお腹をさすっている。
ヴァンパイアだから皆、無条件でクリスティアーノ・ロナウドみたいな腹筋になる、というわけでは無いのだ。

栄えある⁈一人目のヴァンパイアが会長に近づく。
その顔は紅潮している。
ぎこちなく頭を下げると、ハイスツールに腰掛けた会長の脇腹に口づけする為に一歩近づき体をかがめる。
会場中に緊張の波、いや、早朝の湖の水面のようなピーンとした静けさが広がる。
そして、ドラキュラ会長の脇腹に歯を立てる・・・。

「ウヒャヒャヒャヒャヒャ!」

会長!
「ちょい待って、ちょい待って、ウヒウヒウヒ」
ドラキュラ会長が身を捩ってスツールから立ち上がる。
目には涙を浮かべている。

「ちょっとごめんね、アタシ、脇腹弱いのよ」

ならば何故脇腹を選んだんですか⁈
僕だけじゃなく会場の皆がそう思ったに違いない。

「会長、ここはヴァンパイアらしく、首筋もしくは肩とかにしてはいかがでしょうか?」
ハールマンさんが、そっと会長に提言する。
「いやよ、肩だってタンクトップ着る時目立つじゃない」
ドラキュラ会長、タンクトップ着るのか⁈
一体どんな状況で⁈
「では、ふくらはぎとか腿の裏あたりはいかがでしょう?」
「短パン履く時目立つでしょ、それに社員のみんなも嫌でしょ、さすがにそこは」
「脇腹も水着を着る時は目立ちますよね」
「アタシ金槌だから泳がないし、日焼けのこともあるからプールサイドでは上半身、何かしら着ているから大丈夫なのよ」
「あ、そうでしたか。では、どう致しましょう」

うーん、と悩むドラキュラ会長。
その姿をじっと見守る、世界中から集まったヴァンパイアたち。
やがて、
「よし、決めた。尾神!」
「はい⁈」
「そして、尾神のバディの新人くん!」
え、僕⁈
「はい!」
慌てて返事をする。
「二人してアタシを押さえていて」
「はい⁈」
尾神さんと僕は同時に返事をする。
「全員がアタシの血を吸い終わるまで、アタシがこのスツールから立たないようにがっちりと押さえるのよ、わかった?」
「あ、はい、わかりました!」
再び二人で同時に答えると、僕と尾神さんは会長のところへと駆け寄る。
そして、尾神さんが右肩、僕は左肩を押さえた。

「さあ、これで大丈夫。吸血再開よ」

先ほどの第一号さんが再び身をかがめて会長の脇腹に口近づけ、そして歯を立てる・・・。
「ウヒャウヒャヒャウヒャ!」
会長が身を捩る。
その体を尾神さんと僕がグッと押さえる。
「ウヒョヒョヒョウヒャヒョ!」
会長の抵抗力が更に増す。
更に力を込めてそれを押さえる尾神さんと僕。

「終わりました」
吸血第一号さんが申し訳なさそうに告げる。
「ふう〜、ご苦労様。じゃ、じゃあ次の人」
息も絶え絶えに社員の労を労う?ドラキュラ会長。

そんな感じで、次々とブラキュラ商事社員によるドラキュラ会長の吸血が進む。
吸血が進むごとに会長の体力が失われていくようだけど、それはきっと血のせいではないな・・・。

「会長、最後の一人終わりました」

ハールマンさんが会長に声をかける。
「あ、そう、良かった、ご苦労様・・・」

息も絶え絶えとはこのことだ、と言わんばかりの消耗憔悴したドラキュラ会長。
暴れるその体をずっと全力で押さえていた尾神さんと僕も疲労困憊だ。
「あの、すみません、会長。俺と勇利がまだなんです」
「ああ、そうね、はい、お願い」
「会長、大分お疲れなんで、両脇から一気にいきますね。勇利、お前左な」
尾神さんに言われて僕は会長の左脇腹に口を近づける。
「一気に行くからな、いいか、せえーの」
カプリ、チュッ。
ドラキュラ会長の左脇腹に歯を立てる。
ウヒャヒョ、と会長が反応する。
そして、会長の血が僕の吸血袋、ヴァンパイアが血を吸って溜めておく体の中の袋に入って来る。
気のせいか力がみなぎってくるようだ。

「はい、終わりました。これで完了です。会長、お疲れ様です」
「はひ、お疲れしゃま」
憔悴し切った会長。
だが、その目には再び力が戻って来る。
そしてスックと立ち上がると会場のヴァンパイアたちを見渡す。

「さあ、これで準備万端、と言いたいところだけど、まだもう一つあるの。まあ、アタシからのプレゼント、かな⁈ハールマン!」
「はい!」
ハールマンさんが何かを探しに裏に行く。

一体何だ⁈



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