物語のタネ その八『ツッパリハイスクールRR #1』

平均年齢60歳!
ヤクザ&クライム系コワモテベテラン俳優4人が、
1日8時間だけ若返ることが出来る秘密の薬で「現役ツッパリ高校生」に!
年齢と文化を超えて混じり合う、超世代青春ストーリーの始まり始まりー!

「我、何しとるんじゃ〜!ナメたこと吐かしとると容赦しねえぞ、コラ‼︎」

「ハイ!カットーッ!」

フッと場の緊張が緩む。

「さすが、北田さん、迫力が違いますね、マジでビビっちゃいました」
「あー、どうも、いやー監督のノセ方が上手いからよ」

俺の名前は北田勝。62歳。職業・俳優。
コワモテの演技派として、主にヤクザ・クライムものの作品に出演。
業界でもその手の方々にもそれなりに人気があるので、この世界でそれなりのポジションにいる。

ここは東京郊外にある老舗の撮影スタジオ。
今、大手配信プラットフォーム用のヤクザ映画の撮影中。

「おーい、北田ちゃん」

ニコニコと手を振りながら近づいてくるのは、俺と同じ歳の俳優、滝内香。
香なんて名前と愛想の良さとは裏腹に、見た目は本物のヤクザも逃げていくような大迫力。
190cm120kgの体を、紫の光沢スーツで包んで登場だ。
「また朝からなんか膝が痛くってさ、やんやっちゃうよ」
大きな体を捩らせながら、なんとも情けない発言。
「しょうがねえよ、俺ら、そういう歳なんだからさ」
そんな俺も最近は血圧が気になる。

ヤクザ映画の現場というのは、ファミリーな感じだ。
大体役者も同じだし、監督などの制作スタッフも一緒。
大ブームとなったVシネ時代は、それこそ昼夜を問わず、撮影撮影また撮影で、その時の絆というか栄光というか、まあ青春か。
同じ時を過ごしたという共同意識が、今も現場を支えている。
北野武監督の活躍もあり、ヤクザ映画は世界でも一つのジャンルとして一定のファンを持っている。
それで、今回のような世界的配信プラットフォームからもお声が掛かったりはするのだが、Vシネ時代を体験した身からすると、最近の状況はちょっと寂しい。
まあ、若者達がヤクザ映画に熱狂して影響されちゃうというのも、それはそれで問題ではあるが。

本日の撮影が終わり、スタジオのラウンジに。
ラウンジと言っても、食堂の片隅にソファが置いてあるだけの代物だが、俺たち俳優にとってそこは憧れの場所だった。
スター、ベテラン俳優だけが座れる場所。
若手だった頃は、いつかそこに座ってビールを飲んでやるぞ!って燃えていたものだ。

「あ、北田さん!お疲れ様です!すみません、我慢出来なくて一杯飲み始めちゃいました」
ラウンジのソファにどかっと座り、右手でビールグラスを掲げながら声をかけてきているのは、後輩の俳優、松林武。
後輩と言っても60歳だが。
小柄ながら、殺気を漂わせた演技に定評があり、人を刺すシーンをやらせたら日本一だろう。
刺す前の間がすごくいいのだ。

「北田さん、ビールお待ち堂様でした〜」
背後からビールグラスを両手に持ってやって来たのは、これも後輩、この中で一番年下の俳優、村井賢一。
一番年下と言っても54歳。
リーゼントの似合う武闘派役が定番だ。
最近は、リーゼントの位置がだいぶ後ろにずれて来ていて、ちょっとウルトラセブン状態になって来てはいるが。

俺が村井からグラスを受け取ると、
「ごめん、ごめん、ちょっと押しちゃってさ〜」
と滝内が大きな体を揺らしながらやって来た。
「滝内さんは、いつも通りカルピスでいいですか?」
村井がカウンターに向かいながら声をかける。
「うん、それで。濃いめね、濃いめ」
滝内はその巨漢からは想像し難いが、酒が一滴も飲めないのだ。
俺達が若かりし頃は、酒豪の先輩俳優が多く、特にスターな人達は数々の伝説があるものだ。
あるスター俳優が若き滝内に一口飲ませたところ、瞬間的にそのスター俳優の上に倒れ、その巨漢故に下敷きとなったスター俳優のあばらが折れてしばらく撮休になった、というある意味「逆伝説」があり、それ以来誰も奴に酒を飲ませようとする者はいない。。。

滝内、松林、村井に俺。
この4人はヤクザ映画俳優の仲良し4人組だ、別に公表していないけど。
それなりにベテランでそれなりに忙しい4人だから、普段は中々4人の時間が合うということが無く、今日はたまたまスタジオが一緒になり、じゃあ、ちょっと飲もうぜ、ということでこのスターラウンジに集合となったわけだ。

「松ちゃん、あの連ドラのお父さん役、良かったよー」
話題となっているのは、松林が最近出ている、ホームドラマだ。
人気絶頂の若手女の子グループのリーダーが主役。
その主役は女子高生ながらIT企業の社長。
ちょうどリストラに合った父親が、その部下となり色々とぶつかり合いながらも、二人三脚で会社を盛り立てながら家族としての絆を深めていくという物語だ。
その父親役が、松林。
ITが全く分からず奮闘する姿が、怖カワイイと評判なのだ。
「いやいや、新境地って言えば新境地ですけど、なんか慣れないですね」
褒められて嬉しいながらも、ちょっと本当に困った顔の松林。

そんな感じで近況報告をして、酒も進むと、どうしても俳優論や映画論になってしまうのは役者のサガ。
最後は必ず、こういう役をやってみたいっていう話になる。
その役も大体いつも同じ内容なんだが、この手の話は楽しいのだ。
俺もいつものような話をする。

「やっぱ、俺はさ、高校生のツッパリをやりたいね」

「北田さん、その夢諦めませんね〜」
ビールを水割りに変えた村井が、柿ピーをバリバリ言わせながら言う。
「ああ、やりたいね。きっと誰よりもカッコイイツッパリやれるぜ、俺。ヤクザ映画を40年以上やって来たこの実力を発揮出来ると思うのよ」
「確かにねー、でも北田ちゃんはね〜」
と、滝内がいつもの様に笑いながら視線を俺の頭に向ける。

そう、俺は禿げているのだ。

坊主のツッパリはいるだろうが、禿げのツッパリは流石にいない。。。
ヤクザ映画は歳をとっても味になるのだが、ツッパリものは青春の一瞬&1ページ。
62歳となった禿げジジイの俺には、どう考えてもやれない役なのだ。
そんな感じで取り止めのない話をしていると、食堂のテレビにニュース速報が入った。

「あ、これ、北田さんの同級生じゃないですか?」
ニュースを見ていた松林が俺の水割りを作りながら言った。

「おう、梶くん、、」

ニュースは、新しい文部科学省大臣の発表だった。
梶村邦夫62歳。
歯に絹を着せぬ発言と斬新なアイデアで注目される、議員歴20年のベテラン国会議員。
そして、元関東最大の暴走族のリーダーにして、俺の幼馴染。

俺は、今でこそヤクザ映画で親分なんてやっているが、高校時代はいたって真面目。
幼馴染であった梶村のことはちょっと憧れていたりしたものだ。
全く性格の違う2人ではあったが、幼馴染ということもあり俺たちは何かと気が合い、暴走族をやっている頃もうちの実家のお好み焼き屋にやって来て、俺のお袋と仲良く話したりしていたものだ。
議員になってからはほとんど会えていないが、大臣か。
まあ、とにかくすごい奴だ。

とその時、ケータイが鳴った。
知らない番号だ。

「はい、もしもし」
「あ、勝くん、俺、梶村。久しぶりー、元気?」
え、梶くん⁈
「おー、梶くん⁈久しぶりー、元気元気。っていうか、大臣すごいね、おめでとう」
3人が一斉に俺の方を見る。
その視線を制しながら、俺は梶村と話す。
「あ、分かった、明後日なら撮影無いから。じゃあ、了解、はいはい、その時に」

すかさず村井が、
「え、大臣からですか⁈なんだったんですか?」
「ん、なんか相談があるんだって。明後日会うことになったよ、大臣室で」
「大臣室―!」
「ま、ま、幼馴染だからな、なんか実家の相談とかだろ。さ、飲も飲も」

その後も変わらず取り止めのない話をして、夜はふけて行った。

2日後、俺は大臣室の扉の前にいた。
この扉の向こうに梶村がいる。
10年以上ぶりだ。

扉が開いた。

「勝くん!」
梶村が寄って来て、がっちりと握手。
「スターの貴重な時間を貰ってしまって悪いね」
「いや、大臣に呼ばれるなんて光栄だよ」

俺たちは、それぞれの実家の近況など当たり障りは無いがほっこりする話をしながらソファに座った。

「勝くん、いきなりだけど今日の本題を話していいかい?」
「もちろん」
「実力派俳優の北田勝だからこそ、お願いしたいことなんだ」
「うん」

「現役ツッパリ高校生になってくれ!」

は?
梶くん、何言ってるの?
俺62歳のハゲ俳優だぜ!



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