スナップ。スナップ。スナップ。


それはそうとスナップだ。スナップはあらゆる写真の基本だと思う。あらゆる写真の基本であるがために、その評価は難しい。

と言うより、形式がないものをとりあえず「スナップ」と呼んでいるだけではないか。「それ以外の写真」がいわゆる「スナップ」である。
明確な意図によって撮られた一元的な写真に比べて、パッケージ化されていないからこそ、ある種の美しさを持っているが、それゆえに、形として残されなければ、忘れ去られてゆく形式だ。いいや、形ではない。誰かが(自分もふくめて)何度も見返すことがなければ、忘れ去られてゆく。そういうたぐいのものだ。

じゃ、そういったものは何らかの物語を産まないかというとそうでもないのは歴史が証明している。多くの作品がスナップを元に産まれている。

例えばストリートスナップを撮る人だとすれば、1日100枚として1年で36500枚。10年で3650000枚。365万枚となると相当な量だ。もちろん何やかんやで撮れない日もあるから半分と見積もっても132.5万枚。そりゃ、いい写真の1枚2枚なんて無い理由はない。
じゃ、それだけの量を撮るというのは、やっぱりどっかおかしい訳で、何かに取り憑かれているのではないかと思う。

でも、それがタマタマ子供がシャッターを切った1枚に感動という部分では負けるかも知れない。
そこには数は関係ない部分がある。

では最初の疑問に戻ろう。

そもそもスナップ写真とは何だ?
具にもつかない見返さない限り忘れ去られてゆくような写真。
テーマもなく、ただ撮られた写真。
数も関係ない。同じような写真が続くかもしれないし、続かないかもしれない。バラバラの写真であるかも知れないし、主題も散漫としているかも知れない。

でも、、そこにあるよね。何かが。


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写真と文章で様々な場所に出没しております。noteでは写真について考えるために書いてみています。 何気なく特別でない、どうでもいい瞬間にこそ世界の真実の一部が含まれていると思っています。 https://ksstreetphoto.tumblr.com/