ハイライトとエンドロール

その人を思って何かをすることや、何かを発するということは、伝え方次第ではその人のことを傷つけてしまうことがある。
その怖さを越えてそれでも伝えているのは、知ってて欲しいからと変わって欲しいからというただの自己欲求だということを知っていても、伝えたいからだ。

言葉というのは、それだけでは頼りなく、その後の行動で量れと言うけれど、言葉がもつ魔法やお守りをこれまでの人生で頂いてきたから、信じていたいという気持ちもある。
歳を重ねるにつれてもどかしく難しくなっていく人生の中で、他人を信じること愛すことで、乗り越える何かがあると身をもって知っているからこそ、期待し、期待され居たいと思う。
人生も、時間も、気持ちも、愛も、欲も、何も見過ごしたくはないし、見過ごされたくはない。
人生にはハイライトというものがあって、それは本当に本当に美しくて奇跡みたいなものなのだけれど、その場面に立ち会いたいと思うのは傲慢なのかしら。
嫌いな奴は人生のエンドロールには載せないけど。

明日私がいつも通りに居る保証なんて無いし、誰かから愛情を搾取される筋合いなんて無いし、人生いつも何かを天秤にかけてると思うんだけど、何時だって私の愛が勝ってて欲しいんだよね。
誰かの代わりの為の愛情じゃなくて、私はわたしを愛したいし、他人からも私を愛して欲しい。それだけのことよ。

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大丈夫、眠れる。傍にいる。
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