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今日は誰かの晴れ模様

「ああ、暑いな。」
男は玄関の扉から入ってくる熱気に思わずつぶやいた。朝から強い日差しに照らされて、男は溜息をついた。重い足取りで体は自然と駅に向かっていた。日差しから逃れるように男は駅までの道に影を探していた。駅に着くなり男はホームにあふれる人を見て、隠れるようにひっそりと、また、溜息をついた。電車がホームにつき扉が開くや否や、我先にと動く人の塊。その塊に、たまらず男の体は電車の中に押し込まれる。一つの箱に押し込められて運ばれていく。男はまるで自分がモノのように感じられた。退屈で窮屈なこの箱の中で唯一の安息は押し込まれた先が扉の四隅の一つであったことであった。空を漂う男の視線はそのうち、釣り下がった広告にとまった。広告に目を滑らせながら、そういえば天気予報で午後には雨が降るって言っていたな、と思い出したと同時に、ああ、傘忘れたなとも思った。しかし、男は、まぁ、いいか、とあまり考えることはしなかった。電車を降りると、今日のお昼はどうしようか、などと考えながら仕事場へ向かう。男の仕事は決して早いとは言えなかったが、丁寧であった。そして、集中力は人一倍あった。ごろごろと重く唸る音が雷であると気づいたのは仕事が終わってからであった。気が付くと時計は20時を回っている。男は「もうこんな時間か」
とつぶやくと仕事場を後にした。エントランスを出るとざあざあと雨が降っていた。ピッカっと光るとゴロゴロと雷の音が聞こえた。少し立ち止まり、空を見上げると、男は笑みを浮かべた。男の体は濡れていた。激しい雨と雷の光と音に気持ちを高揚させながら、男は家路についた。

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