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自分の値打ち/歩いていければ

 錆びた水色の自転車の後輪からプシューと空気が抜けて、どうにもならなくなったので、平日休みに、新しい自転車を買いに出かけた。Googleマップによると、近所に何軒かの自転車屋さんがあるみたいだ。中古で十分だろう。

 1軒目。おじいちゃんとおばあちゃんが店先にいた。奥さんが乗るん?とおばあちゃんに言われた。奥さん…?(私か、)はい、と言うしかなかった。おじいちゃんには、これがおすすめやといきなり22300円ぐらいの新品の自転車を勧められた。あいにく予算は1万円以内なので、ちょっと考えますと言ってその場を後にした。

 2軒目。男の子とお母さんが自転車を見ていた。新大学生なんです、と店員さんにお母さん。より高級な自転車を息子に買ってあげたかったようで、店の奥に入っていった。ここにも中古の自転車はなさそうだ。

 3軒目。いつも行く八百屋さん兼バーのすぐ近くまで来た。店先には中古のブリヂストン、6300円の値札が。お値打ちかもしれない。店主のおっちゃん曰く、今作ってる(おっちゃんが中古品を直して組み立てている)のがもっといいやつだから、1時間後に来なさい。安いのはすぐなくなるけんね、とのことだったので、それまで商店街のアーケードを下ってコーヒー豆を買ったり、行きつけの本屋さんで本を3冊購入したりして、後輪から完全に空気が抜けた自転車を置いていた駐輪場から運び、店に戻った。

 店の前で試乗させてもらった。3段変速付き、オートライトでブリヂストン。自転車本体が6800円、水色の自転車の改修代が500円、防犯登録料が625円。8000円弱の出費で済んだ。

 あなた、こんな自転車(水色の錆びたボロボロの自転車)にのっとったら、自分の値打ちが下がる。こんなん乗っとったらあかんわ。こっち(買った自転車)のがええ。

 そうおっちゃんが言ったのも無理はない。もう7、8年も前に買った中古の自転車で、有名メーカーのものでもない。タイヤは無数のひび割れがあるし、車輪のリールは赤く錆び切っている。これは函館で潮風を浴びつつけたせいなのである。乗れればいいやの精神で高松にも持ってきてしまい、こっちの飲み屋で知り合った人には、こんなん乗ってるん?とかなりびっくりされた。

 新しい(と言っても中古の)自転車を漕ぐと、自分の値打ちが少しだけ上がったような気がするような気もするし、しないような気もしたが、このおっちゃんの中にある言葉に触れられたと思ったので、なんとなくうれしかった。おっちゃんの太い指は黒い油まみれで、ジーンズも薄汚れていた。店内はごちゃごちゃで、会計をするとき、最初私に暗算で計算させようとしたのでちょっと困った。レジのテーブルの上はさらにめちゃくちゃな状態だったが、中古の自転車の部品が散乱していて、再び組み立てられる工場のような空間は、不思議と落ち着いた。

 おっちゃんによると、ブリヂストンみたいなメーカーものじゃないと、中古品として再び流通させるのは難しいらしい。値打ちもんを見つけてラッキーやでと念押しされた。SDGsの観点からも、その方が良さそうだし、良い買い物ができた。

 栗林公園まで漕いで行って、前回の休園期間でさらに期限が延びた年間パスを受け取った。園内を歩き回りながら、ベンチに腰掛けることを数回繰り返し、カバンに入れていた若松英輔の「生きる哲学」を読んだ。ツイッターか何かで良い本だと見かけたので、市の図書館で借りていた。

 須賀敦子さんの「コルシア書店の仲間たち」が引用されている箇所に読み入った。「自分の生きている場所は狭い。しかし、そこはすべて自分の大切な人々のかけがえのない毎日と繋がっている。それを想い出し、しっかりと感じるためにも、人は歩かなくてはならない。どんなにゆっくりであっても自分の足で、大地を踏みしめて進まなくてはならない。歩くという日常的な行為が、日常を突き破り、心の奥深くに魂の故郷が芽生えていたことを告げ知らせる」

 須賀さんは11年暮らしたイタリア・ミラノで一度もガイドブックを買わなかったそうだ。「知らない場所だとしてもガイドブックは買わない。自分にとって欠くことのできない場所は、自分の足で歩いてみたところだけだ、という確信が須賀にはある」。

 栗林公園の菖蒲園は6月に見頃を迎えるので、まだ菖蒲たちはネギかニラのような姿だ。すっぽんが2匹、ボコボコと沸騰するような泡を立てて泥の中を進んでいた。鈴木大拙や高村光太郎が登場するあたりまで本を読み、図書館とスーパーに寄って家に帰った。

 今日は自転車を求めて近所を1、2時間ほど歩いた。3軒目を見つけたあと、おっちゃんが忙しそうだったので話しかけるタイミングがなく、先に馴染みの八百屋兼バーでランチをした。店主はあのおっちゃんは親切ですよ、と言っていたがその通りだった。高松に来て1年半だが、良い出会いに日々恵まれている。最近私の仕事の成果物を読んでくれた友人もそう指摘していた。その通りだと思う。

 函館の潮風に吹かれ続けて、高松のおっちゃんに回収してもらった水色のチャリは錆び切っていた。海の匂いを嗅ぐと、帰ってきたなあという感覚があの街で暮らした3年半の間にいつの間にか心と体に染み付いていて、初めて高松に来た時は同じ港町なのにあまりに海の匂いがしないものだから、遠いところに来てしまったんだなあ、と思ったのを覚えている。

 道を歩けば、あの店に行けば、あの人がこの人が居て、あの味があって、いろんな話をしていた。今もだが、あの頃は街に育ててもらっていた。流石に3年半も過ごしただけあって、あらゆる場所と人、時間との記憶の結びつきが、分厚い本を1ページ1ページめくるように連なっている。もし再び訪れれば、馴染みのタクシー運転手のおじちゃんたちにすぐ見つかってしまいそうで、少し心配。ちょっと泣いちゃうかもしれない。

 函館を離れて今まで、なんとなく足が地面につかないような日々が今も続いている。そんな時は歩けばいいのだとシンプルに思った。歩いていければ。

#エッセイ #函館 #高松 #自転車 #若松英輔 #須賀敦子

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