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メキシコと日本との接点(ル・プチメック コラム)

この記事は2019年3月1日にル・プチメック コラムに寄稿した記事の全文転載です。

2018年12月、新しいメキシコ合衆国大統領 アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(Andrés Manuel López Obrador)通称 アムロ (AMLO)が就任した。前任の大統領と比べると政党も左派ということから政策も大きく異なるためか、メキシコの政治の仕組みのせいか、ほんの少し僕が携わっているプロジェクトにも影響はあるようでないようで…

以前、京都市は9つの都市と姉妹都市関係をむすんでいる。という投稿をしていたんだけれど、その一つが京都市はメキシコのグアダラハラ市。ちょっと調べてみると、現在、日本とメキシコにおいて11の自治体と1つの港が姉妹提携が結ばれているようだ。

・アカプルコ市-宮城県仙台市(1973年)
・メキシコ市-愛知県名古屋市(1978年)
・クエルナバカ市-千葉県夷隅郡大多喜町(1978年)
・アカプルコ市-千葉県夷隅郡御宿町(1978年)
・メキシコ州-埼玉県(1979年)
・トルーカ市-埼玉県さいたま市(1979年)
・グアダラハラ市-京都府京都市(1980年)
・ラサロ・カルデナス港(ミチョアカン州)-茨城県・鹿島港(1981年)
・シナロア州-和歌山県(1996年)
・クエルナバカ市-大阪府箕面市(2003年)
・テカマチャルコ市-千葉県夷隅郡御宿町(2013年)
・グアナフアト州-広島県(2014年)

メキシコと日本との接点は400年以上も昔、江戸時代まで遡る。1609年9月フィリピン諸島(当時のスペイン領)の総督が乗った船団がメキシコ(同じく当時のスペイン領)への帰国途中、千葉県御宿沖で遭難したが地元の村人に救助された。その後、徳川秀忠及び徳川家康に謁見する。また伊達政宗の家臣である支倉常長は慶長遣欧使節団としてヨーロッパへ渡るルートとしてアカプルコからメキシコを横断してスペインに向かったとされている。

明治維新後、急速な外交の変化に伴い日本人が海外へ渡航する機会が増えていく。1888年(明治21年)にメキシコと日本が政治的な外交関係を樹立し、1897年「榎本殖民地」と呼ばれる日本人農業定住地を建設する事業がメキシコ南部で着手される。

1956年にはメキシコにて「日墨協会(にちぼくきょうかい)」が設立され、多くの日系移民の社会的な支援や日本とメキシコとの架け橋となるべく尽力されている。

今、僕が所属している「京都ラテンアメリカ文化協会(旧京都メキシコ文化協会)」の常任理事の一人も日墨協会で理事をされていた経験もあって、彼と話をするとメキシコでの生活や国民性など興味深い話は尽きない。

その一つに日系移民1世の渡航から時代は大きく変わり、今は3世・4世の世代となっているようで、日系人だとしても生まれ育った環境はメキシコであって、今、日墨協会で働く職員の多くは日系人であるが、当然メキシコ人として生活されていること。そのため日常的に日本語を使うことはないらしい。(何処の組織も時代によって役割が変わっていくんだろうなー)

少し知識として歴史を紐解いていくと、、、

ラテンアメリカ大陸の多くはヨーロッパ諸国による植民地から独立している。その中でもアメリカとメキシコは地理上隣国ということも含めて深い関係がある。

メキシコは先住民族(インディオ、ネイティブ・アメリカン…)とスペインから移民してきた白人との間に生まれた「メスティソ」とも呼ばれている混血が人口の60%を占めており、メキシコは「混血の国」とも呼ばれている。

アメリカも混血が占める割合もあるが基本は「移民の国」だという。古くはヨーロッパ諸国からの移住者によってフロンティアとも呼ばれる新天地・西部開拓として国土を広げていく。アメリカの西部・南部地区の多くはもともとメキシコの国土であったがさらに国土を広げる転機として、アメリカとメキシコとの間で戦争(米墨戦争)が起こる。その結果、アメリカへ国土の譲渡が行われ今に至るとされている。

アメリカへの譲渡は「メキシコ割譲」とも呼ばれ、侵略や略奪とは違うとされているようだけれど、当時、メキシコが政治情勢不安(無政府状態)に陥ったタイミングで譲渡されているとも聞いた。その土地に移り住んでいたメキシコ人にしてみれば、明日からこの土地はアメリカになりますって感じなんだろう。アメリカ目線だと西部劇(マカロニ・ウエスタン)ではメキシコ人は悪役を演じていることが多いんだろうが、メキシコ人の目線だと悪役はアメリカ人になったりする。そして、そもそもアメリカは誰のものって話は終わらない….

アメリカの大統領が「壁」を建てるというのは、イスラエルにあるパレスチナの壁、旧ベルリンにあった東西ドイツの壁を連想してしまう。いつの世も政治の都合は住人の話をまったく聞いていないじゃなかろうか。

(あ、話がズレているか?)

前回の投稿でも触れているが、2020年は京都市とグアダラハラ市姉妹都市提携40周年となる。オリンピック・パラリンピックで盛り上がるであろうが… 僕はメキシコ目線で過ごしていきます。

つづく

この記事は2019年3月1日にル・プチメック コラムに寄稿した記事の全文転載です。

そして、この記事の編集後記はこちら。

#コラム #姉妹都市 #メキシコ #社会

僕のnoteは自分自身の備忘録としての側面が強いですが、もしも誰かの役にたって、そのアクションの一つとしてサポートがあるなら、ただただ感謝です。