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"人生の後方互換性"とその維持コスト、そしてピボット

前フリ

先日、私が勝手に心の師匠だと思っている久松農園の久松達央さんとそれはまぁゆっくり語り合いました。1泊はさんで10時間。農業論から人生論までお付き合いいただいたのですが、その中で私が最近考えていた「人生の後方互換性」について話が展開したので、簡単にまとめたいと思います。

先に説明しておくと、「人生の後方互換性」とは「過去の自分の発言や決断、価値観などについて、その後も責任をもって維持する(かどうか)」という、人生にどこまで一貫性や整合性をもたせるかという件です。後方互換性とは「古いハードのゲームが新しいハードでも使えるかどうか、PS3のゲームをPS4でも使えるかどうか」だとでも思ってください。


人生の後方互換性、維持するの大変じゃないですかー?
かといって後方互換性を捨てるのも、かなり抵抗ありませんかー?

人生の後方互換性とその維持コスト

久松さんと話しながら、「佐川くんは自分の過去を意識し続けながら今を生きてるね」(意訳)という話題がありました。たしかに。それは私自身も考えていたところでした。未だに小学生の頃の将来の夢と今の自分に連続性があるように考えようとしていますし、ウツ病で社会からドロップアウトしていた体験を、今現在のなにかに意味づけようとしていたりします。他にも、「あの人に〇〇と言ったから」「SNSで△△を宣言したから」「メディアに□□と載ったから」と過去の発言や判断に対して、後々まで責任をとって、有限実行であろうとする気持ちも強くあります。まさに、過去の自分の言動や価値観と、今の自分のそれとの間の一貫性や整合性を保つためのコストがどんどん重くなるなぁ〜と感じていたところでした。最近、関わる人の数が劇的に増えたり、発言の影響範囲が広くなったりしたので、荷がさらに重い感じもあります。過去の何かを将来まで維持するという意味において、私はこれを「人生の後方互換性」だと考えるようになりました。

後方互換 【 backward compatible 】 バックワードコンパチブル
後方互換とは、同じ系列の新しい製品が、古い製品の仕様や機能を包含している(互換性がある)状態のこと。
例えば、ソフトウェア製品の新しい版が、同じ製品の古い版と同じ機能が使えたり、同じデータ形式を扱うことができるような状況を意味する。これに対し、古い製品が新しい製品に対して互換性を維持していることを前方互換(forward compatible)という。

 出典:後方互換(バックワードコンパチブル)とは - IT用語辞典 e-Words

人生の後方互換性、いやー維持するの大変です。他人はそんなこと覚えてないって言いますが、やっぱり覚えている人いますよ。慎重に整合性を確保しようとしていても、チクリとチェックが入ったり、揚げ足を取られることは間々あります(この文脈において、他人のことに関して記憶力の良すぎる人は好かれないと思います。適度に忘れるか、笑って流すかしてほしい)。特に最近は発言がメディア等で残りやすかったり、SNSの発言が広範囲に影響したりするので余計にです。

自分の過去の様々な発言や行動、決断が複雑に積み重なって、アンバランスになります。ちなみに私がこれをジェンガに例えたら、「ジェンガじゃなくて積み木のほうが適切な例えだね♡」(意訳)と久松さんに優しくイジっていただきましたw

あっちを立てればこっちが立たないという矛盾も生じます。互換性が切れてしまったものを自己弁護的にこじつけるのも相応のエネルギーが要ります。後方互換性を優先するあまりに判断や行動が重くなってしまうようなことは、みなさんも経験あるのではないでしょうか

プログラムなどを例に取ればわかりやすいですが、後方互換を維持することはコストがかかります。後方互換を放棄した場合に比べて、機能やスペックを圧迫し、設計やメンテナンスを難しくします。いつまでも古いブラウザに対応しようとすると、ウェブ制作に制約があったり、ソースコードが長くなってしまうアレです。ソフトウェアにおけるレガシーコード問題と似ています。(乱暴に表現すれば、良質なコードは前方互換性が高いとも言えます)

無理に後方互換性を維持しようとして、二枚舌になったり、ダブルスタンダードになったりする危険性もあります。あちらとこちらで意見を使い分けていると、両者を分断しないと辻褄が合わなくなります。分断は非生産的ですし、これもまた維持コストがかかります。ちなみに「分断して個別に支配」はマインドコントロールの常套手段だと、どこかで聞いたことがあります。

後方互換性の放棄、ピボット

「事情が変わったから」「考え方が変わったから」「意思に反してやむを得ず」と、ときに後方互換は打ち切られます。そうすると不整合や不連続、方針転換(ピボット)が発生します。過去の自分というアイデンティティの一部を切り離すことになるので、後方互換性を大切にする人にとっては辛い判断です。何でも思い通りの真っ直ぐで一本道な人生はないように、この断絶は誰でも経験することであり、多少なり割り切って受け入れていくものです。

もちろん、後方互換を取らない人もいます。

①互換性のことなんて意識したこともない自由人(脊髄反射型)

②互換性を否定的に放棄して、現在/未来/可能性に最適化して行動する人(刹那優先型)

③互換性を尊重した上で、小出しで断ち切る人(デトックス型)

後方互換を放棄すればするほど、今現在の動きは軽くなります。ビジネスや自己実現では将来性のほうが重視されるので、後方互換性は功利主義的に放棄されます。例えば、ベンチャー企業が現在の事業で望むような収益が得られないとわかったら、一刻も早くピボットすることはセオリーです。不採算/非成長事業を抱き込んで東京湾に沈むより、「次いこ次!」のほうが当然評価されます。

また、後方互換を放棄すればするほど、一貫性を失い、辻褄が合わなくなります。放棄したほうが実利はあるかもしれませんが、人からの信用貯金を減らしてしまったり、腑に落ちないわだかまりを自分で溜め込んでしまったりします。これは放棄を肯定する理屈があるかどうかによっても状況は変わりますが、無理やり塞いだ縫合手術跡のように、後づけの言い訳は急所として残りがちです。私はナイーブ()な小心者なので、辻褄が合わないことのあるたびに瀕死です。

全てにおいて後方互換性を完全に保とうとするのは不可能ですし、維持コストが高くて健康にもよくないので、③のように互換性を尊重した上で、小出しで断ち切る事が必要だなぁと思っています。小さく部分的にリセットするというか。現在と乖離が大きくなったものを、丁寧に供養してあげることで、次のチャプターに進める場面があります。

辛い後方互換とハードリセット

自分だけの問題ならここまでの話で済むのですが、そこに人との関係性が介在すると、ことは難しくなります。

例えば、自分が辞めてしまったら誰かが苦しむ職場やプロジェクトから抜けて転職する場合はどうでしょうか。いくら自分にとって必然な転進であっても、周りの人の傷口が開いているのに見殺しにするのは、なかなか選べることではありません自分の傷口も全開ならなおさら、苦渋の二者択一に迫られます。結果として何年もその状況のまま残留する、つまり不本意ながらも後方互換性を維持するケースをたくさん見てきました。私はその決断の正しさについては何も言えません。残る正義があり、去る正義があります。ただ、後方互換性を維持するためだけに払われる悲しい代償を、なんとか減らせないものかなと考え込んでしまいます。昔宣言したことや、立てた約束を果たすために、必要以上の犠牲を払い続けているケースについても同様です。

自分の致死ダメージと後方互換性(&他人の傷口)が天秤にかけられているのであれば、私は前者を選ぶことも許されるのではないかと思います。人生には何度か、ブチッとハードリセット(ゲーム機本体の電源ボタンでリセットすること)をしなければいけない時があるのではないかなと。無責任や不義理は周囲に許容してもらう。まずは自分の傷口を塞いで生き残ることに専念する。それしかできないときがあります。

私も前職を辞めたときと、東京のキリスト教会から宇都宮の教会へ転籍したときは、いずれもハードリセットでした。どちらも、残っている人に迷惑をかけるのがわかっていたからです。今でも申し訳なく思う気持ちは残っています。しかし、ハードリセットで後方互換性をブチ切らないと、立て直せないものがあったのも確かです。

後方互換性のために現在や未来の幸せを犠牲にすることは、とても悲しいことです。尊い犠牲ですが、違う道を真剣に検討することも大切です。

互換を切る勇気と覚悟が、未来を好転させる原動力にもなり得るなと、つくづく感じます。

蛇足:後方互換装置としての宗教

話は脱線しつつ久松さんとのトークに戻って、、「佐川くんは、木下某さんみたいに業界のあれこれをぶった斬ったらいいよ」(意訳)という提案を頂戴しました。「ぶった斬る」という表現を「ダメなものをダメと明言する調停者」と私は受け取り、以下のように返答しました。

「僕は性格上ぶった斬るほうに徹する事ができなさそうですし、逆にぶった斬らないことを徹底してきたからこそ業界の皆さんに好意的に受け入れられてきたと感じているんです」

説明すると、私は「阿部梨園の知恵袋」という経営改善のノウハウ共有サイトを通して、農業者の経営改善を業界に向けて促しています(詳しくはページ末尾↓↓に紹介しています)。おかげさまで「阿部梨園の知恵袋」は全国各地の農業者さんから熱いご支援をいただいています。

「阿部梨園の知恵袋」が様々なレベルの農業者さんにから一様に支持していただいている理由の一つに、「阿部梨園の知恵袋は人を選ばない、誰も否定しない」ということがあるように思います。「大規模経営じゃないと生き残れない」とか「△△な人は経営改善できない」とは言わず、「前向きに改善すれば、誰でも明日の経営は一歩マシになる」「小さい努力でも積み重ねれば成果につながる」と、すべての人にチャンスがあるとポジティブに励ましているつもりです。そこが悩める生産者さんの理解につながっている、つまり、誰もぶった斬らないことがバリューの一つだと考えています。

「すべての人にチャンスがある」というアプローチをしている点で、私は「人生がときめく片づけの魔法」で有名な近藤麻理恵さん(通称こんまりさん)を参考にしています。こんまりメソッドも、「〇〇な人は掃除できない」「掃除できない人は△△(否定)」とは言わず、誰でもメソッドを実践すれば状況が好転すると説いています。だから、あれほど多くの人の心を動かしたのでしょう。

「そういうことなら、佐川さんと同じアプローチをした人を知っていますよ、、釈迦です」(意訳)と久松さんは言いました。いやー、さすが。見抜いていらっしゃる。

「それはかなり的に近いと思います。なぜなら私はクリスチャンだからです。一切の衆生を救おうとしている点で、釈迦もキリストも似ていますよね」

私はキリスト教のクリスチャンです。この話の流れをまとめると、キリスト教的なすべての人に救いをもたらそうとする習性が、「阿部梨園の知恵袋」の世界観にも通底しているのだと思います。そう考えれば、宗教的な価値観は、一貫性や整合性をかなり強力に維持し続ける後方互換装置なのだなと思いました。もちろん、教義を守り続けることに多少の負担感があるときもあるわけですが。

昨今まわりの皆さんからチヤホヤしていただいる中で、あまり図に乗り切れないのも、キリスト教的な価値観、特に「謙遜」が強く作用していると思っています。(もっと調子に乗って勢い出したほうがいいと、たまに勧められます)

でも、この「謙遜」のおかげで、なんとか自分を見失わずにやってこれているように思います。キリスト教的な美徳と言えば、例えば「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」と言ったようなものがあります。人生が上げ潮のときほど「謙遜」を肌身離さず握っていないと、寛容や誠実や柔和を理性的に守ろうとすることなんてできません。追い風なら、そういう一見地味な美徳を踏みにじってでも、むしろ踏みにじったほうが、物事はうまく運ぶからです。

そんなわけで、私のOSもしくはマザーボードには、キリスト教という価値観や世界観がべったりビルトインされています。宗教には人生の後方互換性を強く守る作用があり、それを見抜く久松さんやっぱりすごいなです。

まとめ


人生の後方互換性、維持するの大変じゃないですかー?
かといって後方互換性を捨てるのも、かなり抵抗ありませんかー?

人生にはときに後方互換性が求められて、それってけっこう重いですよね、悩まされることありますよねという話でした。似たようなことで重荷を背負っている方の参考になれば幸いです。

人に言わなきゃいい話でもあるので、何かを公言することに思慮深くなるのも一つの答えかなと思っています。オピニオンを引っ張ろうとしている今の自分としては、発言しないわけにもいきませんし、矛盾を承知で局面を変えなければいけないこともあります(最近はテノヒラクルーな政治家の気持ちが少しだけ分かります^^;)。そんなわけで、私の言動も矛盾している部分がこれからも散見されるでしょうが、笑って許していただけたら幸いです。そのときは多分、罪悪感も必要悪を甘受する気持ちも、両方持っています。

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この文章は前回の投稿同様、友人の変態書籍編集者今野氏@aikonnorの担当作でもある、『読みたいことを、書けばいい。』という田中泰延さん@hironobutnkの著作に則ったエッセイの習作です。昨今の偏った文章術をすべて中和してニュートラルに戻してくれる、表現のルネサンスだと思います。文章術じゃなくて、人生についての本。売れまくってるらしいですよ。みなさんもぜひ、自分の#読みたいことを書けばいいを書いてみてください。


---自己紹介(フッター)---

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FARMSIDE works代表、阿部梨園マネージャーの佐川(@neo16tea)と申します。阿部梨園という栃木県宇都宮市にある個人経営の農園で、経営改善しまくった経験から、農業の現場はまだまだ改善の余地、伸びしろ、ポテンシャルあるよ!というメッセージを業界に向けて発信しています。『東大卒、畑に出ない農家の右腕』みたいな呼ばれ方もします。

阿部梨園で実施した小さな業務改善のノウハウを無料で公開する『阿部梨園の知恵袋|農家の小さい改善ノウハウ300』というサイトを運営しており、農業界でも生産技術以外のレベルアップ、そのためのオープンな情報共有が必要だと説いて回っています。同サイトはクラウドファンディングで支援者を募り、450万円(330人!)ものご支援をいただいて世に送り出されました。

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阿部梨園の知恵袋|農家の小さい改善ノウハウ300
https://tips.abe-nashien.com

2019年1月にFARMSIDE worksという個人事業を立ち上げて、農家の経営改善に関する講演活動(年間50-100件程度)、コンサルティング、企業のアドバイザリー(6社)などを行っています。

FARMSIDE works - 佐川友彦|農業界の課題解決
https://farmside.work/

色んなメディアさんに取り上げていただいたので、よろしければ詳しくは以下の記事をご覧ください。最近は、ホリエモンこと堀江貴文さんに取り上げていただいて盛り上がりました!

【阿部英生×佐川友彦×堀江貴文】阿部梨園編〜ホリエモンチャンネル〜 - YouTube
https://www.youtube.com/playlist?list=PLPG9JWQYcjUu2P_-rBv8vAX6i3fcky-O9

(2018.09)【公開】東大卒「畑に入らない農家」のカイゼン500 - NewsPicks
https://newspicks.com/news/3300812
※有料会員限定記事ですが、一番詳しいです。けっこう話題になりました。

(2019.03)東大卒、デュポン、メルカリ経由で梨農園に飛び込んだ 「畑に入らない農家の右腕」の正体 (1/4) - ITmedia エンタープライズ
https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1903/14/news006.html

(2019.03)直売率99%、栃木の「阿部梨園」が経営改善のノウハウを無償で公開し続ける理由 (1/5) - ITmedia エンタープライズ
https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1903/18/news004.html

東大農→修士→DuPont→阿部梨園の中の人→ファームサイド(株)代表。コンサル、講演、執筆。阿部梨園の知恵袋(https://tips.abe-nashien.com)で、農家の経営改善を旗振り中。著書『東大卒、農家の右腕になる。』https://amzn.to/3fdp9C9