【連作短歌】端数だらけの夜を乗り切れ
いくつかの見知らぬ顔に囲まれて怯むなという声がしている
パラフィン紙並みの薄さで一礼しもっともらしく振る舞う現場
誰にでも絶対的な良識があるわけじゃない林檎を持てば
偽りの笑顔の裏で突きつける手垢まみれのイエローカード
この手より缶コーヒーが握られて君と佇む自販機の前
多数派になれないままに音だけがかすかに響く打ち上げ花火
多機能な優等生であることに特化するほど脆いデジタル
またしても口先だけの暇人が耳をそばだて踏み込んでくる
部外者が気にする素振りみせながら知りもしないでしたがる論破
彼らにはどうでもよくて諸事情は中途半端のままに要約
舌先がじっとしないで焦れるのは口内炎のせいだけじゃない
夢想家でリアリストでもある君は何を見ないで何を見ている
「時給なら意味ないでしょう」売上や回転率をあげたところで
果たすのになんら支障はないはずでそのやり方は僕に合わない
盤上を動かすほどの裁量はゼロなのだろうあの口癖は
平等がディストピア化の一歩ならゴミのようだと丸まる背中
用済みの資料が列をなしながら待機しているシュレッダー前
やがてくるXデーが差し迫りとりあえずもう逃れられない
従順な模範とやらを求められ他人を生きるなんて無駄です
解釈は人それぞれで伝えてもすべて通じるはずはなかった
いいかげん空気を読めとバッサリと切り捨てられて途絶えた会話
そう君はとどめを刺したことすらも気づかない人だからもういい
もう二度と関わらないであげるから君を知らない僕に戻して
残量が足りなくなれば諦めるぐらいの熱がちょうど良かった
さっきまで君が笑っていたはずの部屋の電気が無駄に明るい
核心をつかない限りこの先もずっとこのまま君はともだち
もういない君とおんなじ場所にあるホクロのことは言わないでおく
得るよりも捨て去るほうが難しく余計なことに耳を塞いだ
ざっくりと落としどころをうやむやに楽になりたい愚か者です
忘れ物していることに気づくのはエレベーターが閉まった直後
いいのかと疑問符だけを浴びる夜はこうしなければ生きていけない
まっさらな雪の歩道はめちゃくちゃに踏み荒らされて通勤の朝
それなりに育っていれば間引かれることはなかった青菜を茹でる
そのうちに慣れる予定のモーニング珈琲はまだ苦いままです
人生はタイミングだと思うのは例えばここが定休日とか
屋上に鍵は掛けられあのときの駄菓子屋はもうなくなっている
待つという務めを終える妄想で爆発しそう君との距離は
いつからか生じた誤差をあぶり出し端数だらけの夜を乗り切れ
ほとぼりが冷めて真価を試されて消えてしまったあの人は今
平気だと決めつけられている人のさらけ出せない弱さはスルー
さよならの真意はきっと根深くて掘り下げていく必要がある
アラームがすべてなくせと魂を牛耳るのなら叩き壊せよ
主体性なんて捨てろと片割れのきみが止めたとしても逃げ切れ
正常なブレスができているうちに信じるだけの余地をください
目が合えばなぜいるのかと言いたげな野良猫たちの露骨な視線
鳩なんてどこにもいない公園をぶらつきながらここは平和だ
シチリアのありふれている日常に溶け込んでいるきみとジェラート
死ぬ前に消しておきたい履歴には君の笑顔が隠されている
美しいあなたはきっと美しく死んでゆくから醜くていい
見るからに幸せそうで何よりと笑わせながら灰になりたい
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