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「ナポリを見て死ね」が「ナポリに行って死んだ」ではシャレにならない

なぜ?世界一周の最初の都市が、イタリア·ナポリだったのか??
実はナポリは生まれ故郷鹿児島の姉妹都市。鹿児島市は昔から「東洋のナポリ」ともいわれ、いわゆる勉強が出来る鹿児島の優等生は毎年何人か、交換留学生としてナポリへ行っていたのでありまする。
それに選ばれなかった妬み嫉み僻みからかもしれません。

「自分で行ってやるわい!」と、、、苦節30年といったところでしょうか?実現したわい。

さて、のほほんとGoogleで、最初に行く都市ナポリを調べ始めましたら、ありゃ?ありゃ?
「治安悪い」「強盗殺人」「ジプシースリ」「バイク引きずり強盗」出てくる!出てくる!!最初の都市で強盗されて死んだらそれこそ死にきれない。気を引き締めて用意したのは

●笛!
(ジプシーに囲まれたピーーっと鳴らすため。羽田からフランクフルト乗り換えローマに着いた時に必要。)

●現金を入れるための下着。こちら↓

このように、どこかで身ぐるみ剥がされなければの話ですが下着にポケットが付いていて、パスポートとクレジットカード、現金を入れるためのものを用意して初イタリアに挑んだわけです。

ビビりなので、そりゃーもう!ローマ·フィウミチーノ空港に着いてから必死です。幸い、リュックサックにくくりつけていた笛は1度も鳴らすことはありませんでした。

空港からなんとか、ローマの中央駅、テルミニ駅に着きました。
ユーロスター(特急みたいな)の切符を買うために30分ほど並び、日付、行き先、列車の種類を書いた紙を渡すと、あきらかにやる気のなさそうな態度のおねーさんが「何時くらいのがいいか?」と聞いてきたので12時前後でと言ったら紙に「13:10」と書いてきたんですよ。それでオッケーと購入し、すっかり私は13:10に出発の電車だなと勝手に思い込んでいました。

13:00までどこかでコーヒーでもとうろうろして電光掲示板を見たら私が乗るはずの9513というESは12:00に9番ホームから発車と出ているじゃーありませんか???
あと5分で発車?

その電車は行き先がサレルノなんです。わたしはてっきり「ナポリ行き」と思っていたので半信半疑で走りました。

ちなみにイタリアの駅は、改札なし、駅内放送なし、なんです。時間が迫る!焦る!焦る。

もう、これは人に聞くしかない!!9番ホームの電車を指差して

「ナポリ??」
「ナポリ??」
ただ、ひたすらその辺の人に聞きました。

そりゃ?主語も述語もなく、「ナポリ??」ですから
その辺の方はけっこういい加減に、「si si 」し、し、し、し、し、し、

と答えるんです。

えええーーい!
乗っちゃいました。

途中、車内の検札で、ちゃんとナポリに行けることを確認しました。紙に書いてくれた13:10は、ナポリへの到着時刻だったわけですね。わかりずらいわ!しかも自分が座る席に他の人が座っていたので、イタリア語も(英語も)話せない私は声をかけることも出来ず空いてる席に座りました。ユーロスターは飲み物とおかし付きでした

運が良かった。

ナポリに着いたら着いたで、おっそろしく荒い運転のタクシーに乗って死にそうな怖さ。だってバイクとぶつかりそうな勢いなんです。韓国のタクシーよりすごかったわ。メーターとかがなかったので「メーター」と言っても通じず?「ナポリに来るのはファーストか?」と聞いてきたのでなぜか「セカンド!」と答えていました。慣れてんだぞ!!と意味わからない強気な返事をしましたけど、ホテルまで油断禁物です。

タクシー降りるとき、どこかの情報で見た「フラットレイト?」と言ってみたら11ユーロでした。相場としてはかなり安かったので(地球の歩き方には15~20ユーロと書いてあった)ドアも開け閉めしてくれたし太っ腹でチップもつけて12ユーロ兄ちゃんに渡しました。

とにかくナポリに着いた私は、ホテルにつくと死んだように眠り、これから果たしてひとりで世界を旅出来るのか不安でいっぱい!笛は鳴らさずにすみましたが、ここはナポリ。ホテルでひとり、「もしかしたら、とんでもないことを、しでかしたのかも!」と後悔の気持ちで泣きたかったです。

もともと、お化け屋敷やホラー映画も指の間から目をつぶって見るくらいの大の怖がり。怖がりな癖に怖いことが好き。。
こんなイタリアのナポリにひとりで来ちゃったよー。後悔しても来ちゃったもんは仕方ありません。

翌日は、ナポリ市街観光。ひとりブラブラ。
我が故郷、鹿児島には、「ナポリ通り」という大きな通りもあるのでナポリはとても親しみがわく街です。
ナポリの海岸通りもバイクで走るヤンキーなお兄ちゃんいました。

鹿児島の桜島に似ている。
この山は、ヴェスヴィオ山という火山です。



ナポリは当時治安が悪く(2012年)ツアーでは、バスの車中観光がほとんどだったとか。
ただ、私が実際街を歩いてみたら、まったくそのような危険を感じることはなくやはり実際行って歩いてみると違うんだなと感じました。もちろん、日が暮れてからは出歩かなかったし、人がいないような通りには入らないようにしていました。

ナポリに来たからにはピザを!とその当時有名だった《ダ·ミケーレ》というピッツェリアに入りました。注文もすべてイタリア語だったと思います。順番待ちしてたけど、イタリア語わからず、かなりすっ飛ばされてたと思います。
LP盤くらいある大きさで当時4EURO。見よう見まねで、フォークとナイフを使って食べたピザはおいしかった!けど夢中すぎて写真を撮ってなかったのが残念です。

二日間のナポリ滞在でした。(又戻ってくるのですが)

そして、ナポリからバーリというところに行き、そこから私が雑誌で見て行きたいと思った都市に向かうことになるのです。イタリアのバスはチケットを買うのがとてもめんどうくさいです。中長距離バス(プルマン)のチケットはバスの停留所から離れたホテルのカフェで売っていました。わざわざ乗る前の日に行って購入。市内のバスもチケットはタバッキという、キオスクのような売店で買います。効率悪いなと思うことは旅をして多々ありました。

世界一周の最初の国イタリアは、とにかく迷い、戸惑いばかりでスタートしました。

                つづく~

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東京、椎名町のお宿、シーナと一平の(夜の女将)です。お酒をこよなく愛し、世界中の美味しい酒を飲みに行くためだけに旅に行く 《旅する飲んべえ》 コロナ禍でゲストハウスが1年休業することになったので、「世界のどこかのお帰りなさい·旅の記憶編」として、私なりの旅を発信していきたいです。
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