見出し画像

太ももにケチャップかけちゃうような女だった

夏休み。いつものように夫の実家に来た。

とても安心できる場所で、ここがあることがありがたい。彼の実家は静岡にある。連日39度を記録する京都と比べると4-5度くらい低くて、生命は脅かされない快適な暑さだ。たまに吹きぬける風が心地よい。

10年前の夏、わたしは初めて夫の実家に長期滞在した。

しかも夫なしでひとりで滞在していた。当時わたしは業務委託先のオフィスでシックハウス症候群になった。10キロ痩せて、精神的にも参っていた。ちょうど実家の母が介護中のため頼れず、一人でのこのこ夫の実家にお世話になっていたのだ。

39キロの痩せこけたわたしを見て一番心配したのは、80歳になった夫のおじいちゃんだった。お連れ合いをはやくに亡くされていて、その時はだんだん食べられなくなってお亡くなりになったそうなので、「さっちゃんと重ねちゃうのかもね」と義理のお母さんは言った。(そのおじいちゃんは今や90歳になって益々お元気だ)

義理のお母さんは、気を遣わせないことがすごく上手で、自然体でいながらも、あれこれ用意して構ってくれる。話していてすごく落ち着く。義理のお父さんは最初は何を考えてるんだろう?と思っていたけど、ここぞとばかりに突然ダジャレが飛んでくるので気が抜けない。たまにウィットに富みすぎてダジャレなのかなんなのかわからないくらいで、意味がわからずわたしが「?」となっていると、それを見てまた大笑いする。夫がたまにダジャレ言うのはここが起源だったのか。にやにや笑う横顔は夫を彷彿とさせた。

そんなおもしろくて気を遣わせない場ではあったけど、わたしはなんとなくまだ、ここにいる申し訳なさとか、仕事できてない自分への焦りとか、そういう気持ちに押しつぶされていた。そんな時の、ある朝だった。

その日はお義母さんが朝ごはんにオムレツを出してくれた。きれいなお皿の上に黄色いオムレツがさらりとのっかっている。机の上にはかけてねと言わんばかりにケチャップが置いてある。それを手に取りオムレツにかけようとしたら、なぜかわたしは、自分の太ももにズシャア…とケチャップをかけてしまったのだ。

わたし「お、お義母さん」
お義母さん「え?」
わたし「わたし、ケチャップを…(太ももを指差す)」
お義母さん「あー!アハハハハハ!何してるだか!」

お義母さんは大笑いしてふきんを持ってきてくれて、わたしは一通り拭いたあと着替えてジーンズを洗った。「洗い終わったら洗濯機に突っ込んでおいてくれていいからねー」とお義母さんの声が聞こえた。洗面台でケチャップにまみれたジーンズを洗いながら、ふと、笑いがこみ上げてきた。おもしろすぎる。なんなんだろう。結婚した年に、初めて夫の実家に行って、ひとりで乗り込んで、ケチャップをおもいきり自分の太ももにかけて、ごしごし洗っている。何してるんだろう。おもしろすぎた。

「さっちゃんってそういうとこあるんだねえ」

静岡流の濃いめの緑茶を出しながら、お義母さんがそう言ったので、ほっとした。そうだ。わたしは、すごいうっかりしてて、失敗ばかりしてる人だった。変なことするたびにお兄ちゃんに突っ込まれてたんだった。よく寝るし、お片付けはできないし、いいかげんだった。新卒でフリーランスになって、いろんな職場に足運んで、目標に向けて成果も出して、結婚もして、なんかしっかりした人のように見せようともがいていた気がする。ちがう。オムレツじゃなく太ももにケチャップかけちゃうような女だった。

だから、仕事してなくても、精神的に参ってても、変じゃない。いただいた緑茶をそっと飲むと、体がほかほかした。

真夏のケチャップ事件はわたしを地に足つかせてくれた。そしてあたらしい家族に余計な気を遣うのをやめた出来事になった。22歳当時のわたしにとってそれがどれだけ心の支えになったか、言うまでもない。

夫の実家から帰る日が来た。おじいちゃんが「ちゃんと食べなさいよ〜また来なさいよ〜」とにこやかに笑った。それから10年間、何度も何度も足を運んでいる。今年の夏も。

サポートも嬉しいのですが、孤立しやすい若者(13-25歳)にむけて、セーフティネットと機会を届けている認定NPO法人D×P(ディーピー)に寄付していただけたら嬉しいです!寄付はこちらから↓ https://www.dreampossibility.com/supporter/