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相手に対して思っていることは全て自分に対する言葉 つまり鏡

こうしたらいいのにな、と

相手に対して思うことは全て自分が自分に対して

伝えたいことなのだと日々思い知らされる

この間こんなことがあった

夫と私の頭の中をシェアしたことがあった

私が大好きな意識の話をしたら夫の反応は

色んな考え方があるからね…と苦笑いだった

私はその時に(受け止めてくれてもいいじゃない)

と悲しく思った

今思えば否定されたわけじゃないし…とも思えるが

その時の私は1番最初に感じた感情は悲しみだった

掘り下げてみたら私も息子に対して受け入れて無いことがわかった

7歳になる息子が未だにおっぱいに執着していたのを

最近きっぱりNOと言うようになったことや

(※かわいそうは罪悪感の償いを参照)

息子のリクエストに対してや違うと思ったことは

YESと受け入れてない…

受け入れてないのは私だ!と気付いた

他にも夫と障がい者というくくりは要らないよね、

障がいだから…とかじゃなく

その人の個性としてできるところを伸ばしていけばいいよね、

と話していたのだが、その時夫に対して

(息子にも同じようにできないことを問題にしなくていいのに)と思っていた

でもふと今日片付けが苦手な息子に片付けをさせていた私がいた 

できないことを問題視していたのは私じゃないか

はぁ、やっぱり誰かに対して思っていること

(改善点)は全て自分に対して言っていることだと思った

何か他者に思うことがあったら、まずは自分を振り返ろう

間違いなく、自分へのアドバイスだから


そもそも論になるが

問題だと捉えるから、改善しようと思うわけで

それを問題視しなくなれば

つまりそのまま見れるようになれば

相手に対して何かを思うことは無くなるのだろう

全ては自分をジャッジすることが始まり

ただ在るという世界にいくには

気付くことから始まるのだからこのまま行こう

そして問題としていることを受け入れることで

世界は愛と調和の世界になる

一歩一歩、私が本来の私と統合する為に

歩んで行こう


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