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大学院の中間発表

 だいぶブログの間隔が空いてしまいました…7月31日に大学院の「中間発表」があって、という言い訳です。
 大学院によっても異なるかと思いますが、九州大学の医療経営・管理学専攻では、2年次の7月と1月に、修了成果物をそれぞれ中間発表・最終発表を行います。普段それぞれのゼミで、自身のプロジェクトや研究内容について指導教官や同期からディスカッションでもまれていますが、さらに全体で共有することでゼミでは得られない意見や指摘をいただき、自身の考えをさらに深めることにつながります。
 例年大学に集まっての発表でしたが、今年度は状況を鑑みて完全オンラインでの開催となりました。質疑応答もオフラインの発表会に比べるとなかなか出にくかったですが、自身の発表に対する意見や同期の発表内容から学べることは多かったです。

 発表内容そのものはここでは出せませんが、学びになったポイントをここでまとめておこうと思います。

ビジョン・ミッション・バリュー

 マーケティングにおける戦略として、上記はその前提となるスタンスを明確にする点で重要です。自施設や関わる地域で何らかのプロジェクトを立ち上げるような修了成果物を検討している同期が、まず強調しているのがこの点でした。

▶︎ミッション:組織が何のために存在するか。目的、方針、社員の行動方針が入ることもある。
▶︎ビジョン:組織がもつ長期的な視野。
▶︎バリュー:組織の決定がなされる優先順位。

 この部分を起点に、事前調査(例:施設スタッフに対するアンケート)やSWOT分析などを行って、具体的な問題点の抽出やゴールの設定をしているのが印象的でした。

 地域づくりをプロジェクトとしている同期は、対象地域を概説することで聴衆になぜ地域づくりが必要なのかをまず理解してもらい、その上で実際にどのようなステークホルダーに動いてもらうのか、コストをどうマネジメントするのか、という点をまとめていました。地域全体で使えるICTを導入するための事業計画だけでなく、それを導入するために必要な具体的な補助金の話も検討していました。
 また、対象地域の医療状況として、地域内での医療完結率と他医療圏への寄与率を近隣地域との比較でスライドにまとめている同期もおり、自分にない視点だったので勉強になりました。

 また、海外から留学のような形で大学院に来ている同期もいます。修了成果物として、自国に日本の地域包括ケアシステムが適用できるか、というところを考察しており、他国の状況を知れるとともに改めて地域包括ケアについて学びが深まりました。

精神科病院と社会的入院

 諸外国と比べて、日本における精神科の入院期間は、著明に長いことが分かっています。特にヨーロッパ各国と比べるとその違いは明らかで、病床数そのものの数もだいぶ違います。

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最近の精神保健医療福祉施策の動向について
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000462293.pdf

 精神科病院における退院支援を推進し、在院日数を短縮するような診療報酬改定が平成24年以降されてきており、改定ごとの変化をみるという研究もありました。このような診療報酬改定による実際の変化を見るということは、政策の効果を見るという意味もありますが、自施設でそのデータを見ることでさらに何をすべきかどうかの介入を検討することにつながると思います。
 また、精神科での入院が社会的入院につながっていると述べられており、この点について「社会的入院の定義」や「政策誘導による社会的入院の解消」という興味深い議論も起こりました。社会的入院の定義は、ざっくり言えば不適切な入院のことを指すことが多いですが、水口によるレビューによれば明確なものはなく、社会的入院という名称以外で同じことを示すことも多いようです。社会的入院については、発生要因モデルが以下にまとめられています。このように多面的に捉えて考えることが重要なのでしょう。

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水口由美. 社会的入院に関する総合的レビューとその要因モデルの構築. KEIO SFC JOURNAL Vol.8 No.2 2008; 161-178.

 ただ、患者数が減ると病院経営に支障をきたすという問題(制度システムの問題とも言えます)があるため、病床数が減らない限り社会的入院が根本的に減るということはないのでは、という意見もありました。そういう意味で、政策による入院期間の短縮という視点も、解決策として重要だと感じました。

小規模多機能型居宅とホームベース型支援の介入

 2006年から制度化された小規模多機能型居宅介護は、「通いを中心に随時訪問や宿泊を組み合わせる」サービスから、地域での本人の暮らしを支えることを重視した支援(訪問体制強化加算)へニーズに応じた形で発展しており、適切なサービス提供のあり方を住民とともに考え住民との協働による地域づくりを推進するなど、地域包括ケアシステムにおいて重要な存在となっています。

地域包括ケアシステムにおける小規模多機能型居宅介護の
今後のあり方に関する調査研究事業報告書
』より

 当大学院の馬場園教授は、「ホームベース型の健康支援」という概念を提唱しており、この小規模多機能型居宅にこのホームベース型支援を介入させる取り組みについての発表もありました。
 高齢者に関わる諸問題が、単に生物医学的なことだけでなく、抑うつのような心理社会的問題も複合的に関与して、死亡に影響していることを示唆し、行動変容に焦点を当てているホームベース型の健康支援の概念を用いていました。ホームベースはHOMEBASEという語呂合わせに由来しています。

* H:Home(自らの生活の場)という「安心安定」した環境の下で
* O:Own(自らの内発的動機づけ)を尊重し
* M:Mental Health(メンタルヘルス)に配慮して
* E:Self-Efficacy(自己効力感)を高める
* B:Planned Behavior Model(計画的行動理論)を応用し
* A:目標(Aim)達成型で行動変容を目指し
* S:Social Support(周囲からの支援)を組み立て
* E:Home Base(新しいライフスタイル)を目指してEmpowermentする

 地域包括ケアシステムは、地域基盤型ケアと統合ケアの二つのコンセプトからなっていると筒井は述べています。統合ケアは「規範的統合」をキーワードにしており、組織・専門家集団・個人の間で価値観や文化、視点を共有するの共有することであるとしています。 この規範的統合のために必要なことの一つとしてセルフケアを挙げており、今まさに高齢である方々も、これから高齢者となっていく方々も、自身の健康に関するセルフケアの力を養うことの重要性を指摘しています。

以上、筒井孝子先生の論考より
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kiban/shisaku/kondankai/iryo_kaigo.files/siryo3.pdf
https://www.mri.co.jp/news/press/i6sdu60000010htd-att/201503ttiv2.pdf

 この健康に関するセルフケアの考え方は、「Meikirchモデル」や「Salutogenesis」といった概念とも合致する部分があると思います。提唱され、背景で述べていただいたところがまさにこれらとも合致していて、改めて重要だなと感じました。このMeikirchモデルやSalutogenesisなどでも、セルフケアの力とつながると思うのですが、Sence of Coherence(首尾一貫性)やBiologically given potential、Personally acquired potentialなど個々人の持つ要素への理解が重要ではないかと考えます。

リーダーシップとフォロワーシップ

 調剤薬局の同期は、医療安全と教育の視点から、調剤薬局における「インシデント分析」と「安全文化調査」を行い、それを踏まえてノンテクニカルスキルの教育プログラムの実施とその効果検証をテーマにしていました。
 この安全文化調査は、米国のAHRQ(Agency for Healthcare Research and Quality:医療安全と質改善の研究局)が作成しており、病院機能評価事業で邦訳され医療機関において医療安全文化を定量的に測定し医療安全の推進・質改善の取り組みとした支援がなされています。職員を対象にアンケート調査を行い、ベンチマーク結果が送られてくるのですね、すごい!。

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病院機能評価事業:医療安全文化調査 活用支援 より

 すでにこれらの調査を終え、質改善のためのアクションとして、教育プログラムを作成していました。その中で、「リーダーシップ」についての学びを挙げていました。ここで議論になったのが、テーマとして「リーダーシップ」だけでなく「フォロワーシップも」大事ではないか、ということが挙がりました。

 本邦でも「どんなリーダーが良いか?」というリーダーシップ論をまとめた書籍は多いですね。これに対し、Robert E Kelleyがフォロワーシップについて様々な概念をまとめています。「こういうリーダーが望ましい」とか「こんなリーダーは良くない」という論調と同じく、Kelleyはリーダーについていくフォロワーも良いフォロワーと悪いフォロワーがいることを示しています。例えば、リーダーにとって、自分の言われるがままについてきてくれるフォロワー(Kelleyはこれを「羊」と称しています)を望む傾向がありますが、これではリーダーが間違ったことをしている場合に修正が効かず、組織としてはまずいですよね。
 Kelleyはフォロワーが肝に銘じておくこととして、以下を示しています。

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Robert E Kelley. Rethinking Followership. The Art of Followership: How Great Followers Create Great Leaders and Organizations. Jossey-Bass; 1版 (2008/1/28)

 リーダーシップについての学びは、フォロワーシップのことも含めて組織全体として学ぶことで、より良い学びにつながると思います。

まとめ

 1日がかりの中間発表でしたが、同期の様々な発表を聞いて、とても勉強になると同時に刺激をたくさんもらいました。そして自分の課題もしっかり前に進めなければと気持ちを新たにしたのでした。

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