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経管栄養を介護者はどう思っているか

 口から食べることが難しくなった時に、経管栄養という選択肢を考えるようなプロセスに関わることは、医療者であればどなたでも、少なからず経験していると思います。嚥下機能が低下する原因は様々で、単一の原因で起こるよりは複合的な要因が重なって生じることが多いのが現実です。いくつもの要因が重なって生じているがために、嚥下障害やそれによって生じた誤嚥性肺炎の診療に関わる医療者は、自分に見えた原因は解決を試みますが、そうでないものは見過ごされてしまいがちです。最近、誤嚥性肺炎もだいぶ理解が進んでおり、医学的な疾患だけが原因ではないことや具体的にどのように介入すべきかがまとまった雑誌書籍、多くのセミナーやYoutubeのような動画などが多く普及しています。「もう食べられない」と思われていた方が、再び経口摂取できるようになるのを見るのは、医療者としては非常に嬉しいですし、嚥下障害や誤嚥性肺炎診療の奥深さをいつも感じるところです。
 それでも、口から食べられない現実に直面することが避けられない状況は起こります。高度の認知症の方で経口摂取が難しいと判断された場合に、経鼻胃管であれ、胃瘻であれ、代替の方法を提示することは医療者にとっても非常に悩ましいことだと思います。2012年の調査でも、専門科に関わらず医師の90%は、高度認知症の患者さんに対する栄養投与の方法をどうするかで悩んでいるとされています。

会田 薫子. 認知症末期患者に対する人工的水分・栄養補給法の施行実態とその関連要因に関する調査から. 日老医誌 2012;49:71-74

 医師ですら悩んでいるのであれば、当然その選択肢を提示されてどうするか考える本人や家族は当然悩みます。特に認知症が高度の場合、つまりFAST(Functional Assessment Staging)で7点と判断されるような方では、患者さん本人が意思決定することが困難であり、代理決定者として多くは家族が考え判断することがほとんどだと思います。

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FAST
神﨑 恒一. アルツハイマー病の臨床診断. 日老医誌 2012;49:419-424

 重度の認知症患者さんに胃瘻造設を経て介護している方の、胃瘻への認識を調査した研究が本邦で出ています。
 造設したという意思決定に一定の満足感を得ているものの、本人の意思を聞けずに延命処置として胃瘻造設を決定したことに苦悩を抱いていること、その介護によって心身の負担を抱えていることが明らかとなっています。実際に胃瘻にされた方々の診療に携わっていると、もちろん良い面もありますが、顕在化しない負担も含めて介護者のケアが必要だと感じることは多いです。

相場 健一, 小泉 美佐子. 重度認知症高齢者の代理意思決定において胃瘻造設を選択した家族がたどる心理的プロセス. 老年看護学, 16(1): 75−84 (2011)

 今回、海外における同様の介護者の認識を調査した研究をご紹介します。

重度認知症の患者さんへ
経管栄養をすることについての介護者の思い

 在宅で療養されている重度の認知症患者さんを介護している方(非公式、つまり家族による介護者)に、半構造化インタビューを行った研究になります。

Z Zain, et al. Caregiver Preference for Tube Feeding in Community-Dwelling Persons With Severe Dementia. J Am Geriatr Soc. 2020 Jun 19.

 そもそも、欧米からの研究によって、経鼻経管や胃瘻によって予後は改善しないと指摘されており、進行した認知症患者さんに胃瘻は控えるべき、という論調もあります。しかし日本では、胃瘻造設後の予後が海外の文献と異なるという報告や、胃瘻造設によってQOLが改善したという結果も出ています(鈴木 裕. 胃ろう栄養の適応と問題点. 日老医誌 2012; 49: 126-129)。実際、アジア全体でみても、欧米の研究結果にも関わらず経管栄養が行われているという現実があります。
 日本では経管栄養の方法として胃瘻が選択されることも多いですが、アジア全体で見てみると、特にシンガポールや台湾では胃瘻よりも経鼻胃管が使用されることが多く、国によって違いがあるようです(Shin Yuh Ang, et al. Health Care Professionals' Perceptions and Experience of Initiating Different Modalities for Home Enteral Feeding. Clin Nutr ESPEN. 2019 Apr;30:67-72.)。

 今回ご紹介する研究は、シンガポールにおいて経鼻胃管を使用して生活している重度認知症患者さんを介護している家族に対し、経管栄養に対する認識を研究したものになります。

対象やインタビュー内容

 対象は、上述のFASTで7の認知症患者さんの、ケアや意思決定に関わり、少なくとも週に1回は直接ケアを行っている成人でした。もともと「PISCES:Panel study Investigating Status of Cognitively Impaired Elderly in Singapore(シンガポールの認知症高齢者の状態を調査するパネル調査)」という研究の一部だったようです。かなり多くの質問を行っているのですが、特に
▶︎患者さんが経管栄養されているかどうか
▶︎経管栄養されていない場合、将来経口摂取ができなくなったときに経管栄養を希望するかどうかとその理由
▶︎想定している予後やQOL
▶︎関わっている医療関係者や他の家族からの提案
▶︎宗教的/精神的な信念
▶︎感じている負担
▶︎意思決定における思いのプロセス
などがインタビューとして調査されました。

主な結果

 多くの介護者は女性で(78%:娘・妻・嫁がほとんど)、年代は50〜69歳(81%)、国籍は中国人(70%)でした。85%が患者さんと同居しており、普段のケアや救急受診のような際にはほとんど関わっているような方が対象となっていました。
 全体の67%(18/27名)のうち、16名は経管栄養を選択すると回答し、2名はすでに経管栄養を使用している方の介護者でした。他の7名(26%)はは経管栄養を希望しない回答し、残り1名(4%)は決めかねると回答しました。

 結果として、介護者が経管栄養を好む理由が大きく4つのカテゴリーに分類されました。
● 苦痛を犠牲にして寿命を延ばすために経管栄養法を使用する意欲
● 医療関係者の推奨事項の順守
● 経管栄養法の代替に関する介護者の知識
● 介護者の内外の葛藤
 以下、各カテゴリーについて解説していきます。

苦痛を犠牲にして寿命を延ばすために経管栄養法を使用する意欲

 そもそも、経管栄養を選択するかどうかの意思決定において、患者さん本人が事前に意思を明確にしていることも、事前に家族内で話し合っておくこともないため、本人による意思が分からないという問題があります。代わりに決めなければならない介護者の方々は、(1)生命の維持や延長について介護者である自分たちの認識(2)患者さんのQOLをどう捉えているか、によって決めていました。経管栄養を選択すると回答した介護者は、「もし食べることができないとしても...まだ(患者さんを)経管栄養によって生きていてもらえることができる。そうでなければ、他にどのようにして栄養を得ることができますか」というように、予後の延長を期待し栄養投与の方法として捉えていました。すでに経鼻胃管を使用している介護者は、挿入自体が別にQOLを悪くするものではない、という認識でいました。
 それに対し、経管栄養を希望しない介護者は、経管栄養によるデメリットによるQOLへの悪影響を根拠にしていました。

医療関係者の推奨事項の順守

 経管栄養を選択した介護者は、医療関係者に対して高い信頼と敬意を示しており、懸念があってもそれを表明しない傾向があり、医療関係者の推奨に同意する可能性が高いことがわかりました。例として、むせが多くなった時の「このまま食事を口から摂っていると窒息の恐れがある」という医師の発言をきっかけに経鼻胃管を選択したという回答がありました。
 経管栄養を選択しないと回答した介護者は、意思決定においてより積極的な姿勢を示しました。別の方法を模索したり、もし経管栄養を推奨されたらその理由を知りたいと考えていました。

経管栄養法の代替に関する介護者の知識

 経管栄養を選択した介護者は、他の選択肢について知識がないために、受け入れてしまっているということが分かりました。多くは、地域の状況に応じた情報を入手するのに苦労しており、経管栄養に関する情報や他の方法について、医療者からは十分な情報提供はなかったと回答していました。
 逆に経管栄養を選択しないと回答した介護者は、自分の経験や家族や友人の話などから、経管栄養でない形について栄養摂取の方法を知っており、それを選択していました。例として、口から少しずつなら食べることができることを確認し、経管栄養せずにできる範囲で経口摂取を進めていった経験があがっていました。

介護者の内外の葛藤

 すでに経管栄養を受けていた患者さんの介護者から、経管栄養が患者さん自身へ苦痛を長引かせていると感じ、自分の選択が正しかったのかとか、罪悪感などの葛藤を抱いたと回答しました。「私は経管栄養すると決めた後も、まだ気持ちは揺れ動いていた。正しい決定ができただろうか?私は間違っていたのではないか?経管栄養をしなければどうなるか…」と感じた例がありました。
 対照的に、経管栄養を希望しなかった介護者は、口からの摂取量が減ることを、認知症の進行の自然な経過であると理解していました。しかし、経管栄養を望んでいなくても、他の家族がしないという決定に同意しなかったり、意見が対立したりと、外的な影響が生じていることも判明しました。そういった外的な影響に折れた事例もあったようです。

結果を受けて

 この研究の中で、シンガポールの保健省が、医療者と介護者がさまざまな栄養投与の方法についてより話し合うべきであると提言しました。シンガポールを含む多くのアジア社会で依然として普及しているパターナリズムに警鐘を鳴らし、経管栄養に関する共有意思決定(Shared Decision Making)の重要性を強調しました。

 前述した日本での胃瘻造設に対する認識についての研究でも、家族内の意見の対立が生じたり、胃瘻造設に意味を見出せないと悩んだりしている指摘されています。今回のシンガポールの研究では、経鼻胃管を選択することが多いという背景の違いはあるものの、介護者側が経管栄養を選択する際の問題点を明らかにしており、医療者側が経口摂取できなくなった進行認知症の方における意思決定をどのように進めていくかのヒントになると思います。

 本人の意思が明確でない、経管栄養自体メリットもデメリットもある、という倫理的に難しい意思決定のプロセスにおいて、今回の研究で分かった介護者側の認識を医療者側が理解することで、より良い共有意思決定につなげられるものと思います。


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