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介護者をケアする

 過去の投稿で、在宅医療における安全について述べました。両方で言及されていたのは、介護者への負担が、在宅ケアの質に大きく影響する、ということです。AAFPで、『Caregiver Care』介護者のケア、というピンポイントの総説がありましたので、ご紹介します。

介護者に関する統計など

 米国でも介護の問題は大きいようで、長期的なケアを要する人の80%は自宅で生活し、インフォーマルな家族介護者がその90%ケアを提供しているとされています。
 日本では、最近の統計はないようですが、平成12年に自宅で介護している世帯を対象として詳しく調査がなされており、古いデータですが非常に興味深いです。「主な介護者の介護時間と健康意識」という調査がありますが、介護にかかる時間が多いほど、介護者は自身の健康状態を「良くない」と思っている割合が増えている傾向がみられました。

 少し話はそれますが、介護保険制度の効果について、Lancetに重要な論文が出ています(『人口の高齢化と幸福:日本の公的介護保険政策からの教訓』)。介護保険制度誕生までの経緯や他国の介護制度との比較などが記述されているので、知識的な整理にもなります。この文献によると、介護保険制度導入による経済的なメリットは明らかになりましたが、家族介護者の負担感に対する効果ははっきりとしなかったという結論になっています。提家族介護者向けのカウンセリングサービスの開発や、地域ごとに様々な団体との連携をより図ることが提案されました。

 介護者の負担については、『Zarit介護負担尺度』を用いた研究が多いです。家族介護者に限った研究もいくつか出ているようで、とても参考になります。

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実践のエビデンス

 実際に介護者をケアするにあたって推奨されていることとして、以下が示されています。

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介護者の負担

 この総説では、「愛する人の世話は、他の人の不快感を和らげることによる満足感、自身のやっていることが有用・必要だと感じられる、人生におけるより多くの意味を見つける」ことにつながると指摘します。そもそも「ケア」とは、”相手に専心し、相手の価値を認め、相手が成長することや自己実現することを助けることであり、相手へのケアを通して自己の生の意味を生きていると本人が感じられること”であると、Milton Mayeroffが『ケアの本質』という書籍で定義していますが、まさにその通りなのだと思います。

 ですが、逆にケアによる負担も、身体的・心理的・経済的など多面にわたり、多くの場合、持続的で、制御不能で、予測不可能であるとされています。以下に介護者の負担の分類を示します。

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 なので、Zarit介護負担尺度の使用や、医療者側が能動的に上記表のようなことを意識して介護者について理解しようとする姿勢が重要であると思います。

介護者の評価と支援

 まずは、「この人が介護者である」と認識することから始まります。これは、いわゆる主介護者はもちろん、同居する他の家族や友人、自分自身を介護者の一人だと考える人などが含まれうることを意識することが大事です。個人的には、施設入所している方の、スタッフへも同様の視点が重要ではないかと考えます。施設スタッフに無理なケアを依頼してないか、介護についてどのように感じているか、施設ごとで異なる在宅療養の体制を理解できているか、といったことへ意識が必要です。

 一度評価したら終わり、ではなく、被介護者の病状の変化があったときや介護者に何らかの変化があったときに、繰り返し評価を行います。ケアの移行(退院時や施設入所時、亡くなられるときなど)の際にも、改めて評価を行うタイミングであるとされています。

 この総説では、介護者が活用できるリソースについて具体的に紹介しています。英語のため、なかなか日本でそのまま実用するには難しい面がありますが、日本においては、厚労省が一般向けではなく市町村・地域包括支援センター向けではありますが『家族介護者支援マニュアル』を作成しています。

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 現状の介護者の統計や、具体的な方策についてまとまっています。この総説で扱ったような相談窓口についても書かれているので、大変参考になります。

介護者に対する調査の中で、被介護者の逝去後、うつ症状の減少を経験したり、被介護者を長期介護施設に入所させることが介護者の不安の増加を伴ったりした、という報告があります(Burton LC, Zdaniuk B, Schulz R, Jackson S, Hirsch C. Transitions in spousal caregiving. Gerontologist. 2003;43(2):230-241.)。単に介護の身体的負担をとることが、介護者にとってプラスになるとは限らないという、示唆的な結果だと思います。もしかすると、被介護者のケアを「やりきった」と感じられれば、被介護者との死別が必ずしもネガティブな結果になるとは限らないかったり、物理的な介護負担の軽減だけを目的に施設入所を周囲が決めてしまうことで介護者に負い目を感じさせたりしてしまっているのかもしれません。
 我々は、Illness Trajectoryを意識した先を見越した説明、事前のケア計画の支援、実際にケアが始まってからいかに休息をとるか、といった長期的な視点に立って介護者と関わることが求められているのだと思います。

まとめ

 在宅ケアにおける医療安全の指標の一つである「介護者」のケアについてまとめました。家族が介護者として関わっている場合、その方の健康状態にも配慮するという家族志向ケアのアプローチによって、ケアの質を高めることにつながると思います。個人的な印象としては、いわゆる田舎の地域における在宅ケアでは、介護に関する問題が生じた時に地域の目が届きやすいので、医療者があえて意識しなくても(例:看護師さんが医療者というより一人の地域の人間としてみてくれている感じ)介護負担の軽減を図ってくれています。自分も地域の中でいつか同じような立場になるのだから、という当事者意識が働いているからでしょうか。
 患者さん自身のケアをどうするかを、家族や施設スタッフのことまで意識して俯瞰的にみることの重要性を学びました。



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