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泣けない女のやさしい気持ち(星空と鍋)

わたしはめったに泣かない(泣けない)のだけど、泣きたいきもちは人並みにある。今週末は2回も涙ぐんだ。


友人夫婦が島根でケーキ屋さんを開店するので、お手伝いに行ってきた(松江の pâtisserie J KOWARI よろしくお願いします)。

なにかがはじまる瞬間に立ち会えるのはとてもうれしいし、とてもおもしろい。同時にものすごくパワーをつかうし、人力も必要なので、力になりたいと思って島根へ乗り込んだ。彼らはもと同僚なので、なんとなく察しがついてはいたけれど、「これはサクさんが来たらやってもらおうと思って・・・」という仕事が山のように用意されていた。開店前日に。

それらをやっつけてやっつけて翌日の開店に向けて準備をして、ようやくなんとなく終わりがみえた午前3時。一度帰ってお風呂に入って仮眠をしようと、宍道湖のすぐ近くにある彼らの自宅に着いたとき、5時にはまた出発しないとね、と苦笑いをして車を降りたそのとき、見上げなくてもわかるほどの気配を感じて、上を見ると、うるさいくらいの数の星があった。不意打ちに息がとまるかと思った。

キンと冷えた空気と、星空の近さ、限界の眠気、空の奥行きに自分がちいさくなる感じがして、バーチャルとの錯覚をおこしているかのような曖昧な意識で見ていた。ああ今泣けたらなあと思いながら。


その数時間後、無事にお店はオープンし、1日目も2日目も朝からひっきりなしにお客さまがいらっしゃった。

島根はその夫婦の旦那さんの実家があり、彼のご両親も店頭で来客にご挨拶をしていらした。

あまりの忙しさに時間を忘れてバタバタとしていたとき、お父さんが「ごはん食べる間もないよなあ」と言うので、「でも身体がもたないから、無理矢理にでも交代で食べた方がいいですね」と答えた。

その数時間後、お店の裏の通用口から外に出ると、アウトドア用のテーブルのうえにカセットコンロがあり、野菜がたくさんはいったほかほかのお鍋が湯気をたてていた。お鍋の傍らでは彼のお父さんが「できることがないからね、なんかしてやろうと思って・・・」とはにかんでいた。

もうグッときて、ハグする寸前、心は号泣だった。

そのお鍋をいただいて、あたたかい鶏のスープと野菜にまた涙ぐんだ。お父さんに何度も「とてもおいしいです。うれしいです」と伝えたけれど、わたしは、お父さんの息子に対する心情を思って胸がいっぱいだった。

一人前になった誇らしさや、地元に帰ってきてくれたうれしさ、商売の心配、身体を気遣う気持ちなどがぜんぶ、ぜんぶそのお鍋の中にあった。もうそれだけで、ふたりがお店をはじめてよかったねえと心から思えた。


3日間の暴力的な働きかたは身体にはわるく、東京に帰ってきてからも消えない目の下のクマや足のむくみが残っているけれど、彼ら夫婦を応援する気持ちと、あのウソみたいな星空と、お父さんの鍋で、今まで縁のなかった島根は松江に心を置いてこれたことはとてもうれしい。

場所とひとは、かけ算されて意味を持つんだな。


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