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SAC about YODAN

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2016年2月の記事一覧

あの日 あのとき あの場所で(運命と必然と偶然の話)

「あのときのあの出来事が、ここにきてこうなるのか!」 「あのひとは、このためにわたしの前にあらわれたのか!」 と、あとから伏線を一気に回収するような瞬間がだいすきで、それを「伊坂幸太郎メソッド」と呼び、人生におけるとても大きなお楽しみ要素だと思っている。 仕事でも、何年かたってから、全くジャンルのちがう場面で、思わぬ経験が役に立つことがある。 わたしが前職の某チョコレートショップで働いていたとき、仕事の9割が自主的なおせっかいで、社長に役割や仕事を与えられたことがなかっ

そこから旅立つことは とても力がいるよ(でも地図をひろげよう)

わたしがnoteで書いたものを読んで、パティシエの友人が「じゃあどうしたらいいんだよ」と言う。 10年間同じ業種で働いて、その後独立するのに、働きかたにうっすら疑問を持ったまま、今までと同じことをしようとしているのは、「10年もやってきたから、そのことについてはよく知っているし、それ以外のやり方がわからない」からだという。 わたしは「すでに知っている」と思うことが問題なのだと思った。 お菓子の作り方を知っている、売り方を知っている、どんな働きかたか知っている。 わたし

寄り道なんかしてたら 置いてかれるよ(おせっかいの話)

わたしの、でしゃばりで、おせっかいという性質とはもう長いつきあいで、知らんぷりしても、言い聞かせても、どこまでもついてくる。 ただ、そのやっかいなおせっかいが、ときにミラクルを起こすことがある。 わたしが某チョコレートショップで働いていたとき、チョコレートを作ることと店頭で売ること以外のすべてを、どういうわけかひとりでやっていた。 10年くらい前に、パティシエと企業のコラボが盛んにあった時期がある。 それまでは、一般のお客さまと百貨店との仕事が主だったところに、「広告

今なんで曖昧な返事をかえしたの(ことばでわかりたいの)

こどものころから、「知りたい」「わかりたい」という気持ちがつよかった。 こどものころ、大人の言うことはほんとうだと思っていた。 ことばのほんとうの意味はひとつだと思っていた。 だから、ちゃんと知らないといけない、と思っていた。 今なら、ことばの温度を感じ取ることができるし、「ほんとうのこと」と「うそ」は二極ではなくて、その間には、東京ドーム10個分の気持ちやことばが存在することを知っている。 (それでもわたしはことばを信じすぎる傾向がある) その「わかりたい」という気

ひとのnoteを笑うな(メモ)

noteのことを考えてみたメモ。 今は、有料の塾のようなものが目立っているので「情報を売る場」として見えるかもしれないけど、わたしは「モノ以外のなにかをとどける場」として見ている。 自分がもっている、誰かにあげたらよろこぶことを、わけてあげることができる。 有料でも無料でも、それはギフトなんだと思う。 専門的な知識や情報は、せまければせまいほど、それを知る場所がないので、場があるとよろこぶ人がいる。 オタクやマニアのような極端な偏りこそが、強みになる。 そんなせま

知りたいと思うには、全部ちがうと知ることだ(クセの話)

いつか美容師さんが言っていた。 「クセをつけるときは、熱いうちにクセをつけて、すぐにやめないで、冷めるまでそのままにしておくと、クセがつきます」 ああ、ほんとうにそうだな、と思った。 わたしは、人はそれぞれもともと持っている素質に加えて「クセ」がついていって、それが個性になっていると考えている。 姿勢も、考えかたも、感情の出し方も、話し方も、食べ方も、表情も、「クセ」だと思う。 わたしが身につけたクセで「嫌いな人をつくらないクセ」というのがある。 これは、もと

ぼくらが手にしている 富は見えないよ(シングルマザーとお金の話)

先日、「会社を辞めて、これから新しい仕事をしていこうと思っている」というシングルマザーの方とお話する機会があった。 話しながら、「これから、どういうふうに仕事をしていくか」ということについて話すとき、わたしは「シングルマザーということと、それは、関係ないよな」と思っていた。 「シングルマザーだから」時間がなくてつらい 「シングルマザーだから」お金がなくてつらい 「シングルマザーだから」無理しないといけなくてつらい ほんとうにそうかな?と思う。 「シングルマザーだから」

バイバイ長い夢(noteに書きはじめたわけ)

今朝、noteに書いていてよかったな、と思えることがあったので、記念にちょっと書いておこうと思う。 今まで文章なんて書いたことがないのに、突然書き出したのは、いわゆるデトックスだった。 自分で大事だと思っている思いや考えが、くさってしまう前に、外に出そうと決めたのだった。 できごと(種)が、自分の中で育って、花が咲いたり実ができたりしたあと、外に出してあげれば、またそれが種になって、だれかの中で育つかもしれない。出さないと、くさって、過去が自分を縛りかねない。と思ったのだ

本当はわかってる、二度ともどらない美しい日にいると(オッケーよ)

学生の頃の友人との間で、よくある話題で「もしもどれるなら、何歳にもどりたいか」というのがあるが、わたしはどこにももどりたくない、と断言できる。 「今がいちばん楽しい」というと完全なリア充のようだけれど、というよりも「もっと先に進みたい」という気持ちのほうが大きい。もどるなんてとんでもない、と。 わたしは「ああすればよかった」「こうあってほしかった」という、後悔や反省を、ほとんどしない。(反省しなければいけないこともあっただろうけど!) 失敗の原因がなんだったのか考えること

「学校で浪費される無駄な10年間をどーにかすべき論」に考えた「こんなこといいな、できたらいいな、アンアン案」

ちきりんさんのブログ「学校で浪費される無駄な10年間をどーにかすべき論」を読んで。 14歳なので見かけは子供です。 でも100人にひとりくらい、つまり、2クラスにひとりくらい、中身はもはや子供ではないという子がでてきます。 (中略) この子たちは、4歳からの10年間、かなりのスピードで成長します。 ところが14歳になると、その成長カーブがいきなり緩くなってしまうんです。 なぜなら、この期間に彼らが受ける「クラスの真ん中の子」にあわせた教育が、あまりにかったるいから。

大げさに言うのならば、きっとそういうことなんだろう(仕事って)

みんな本当に悩んでる。悩みすぎだと思う。 特に仕事の悩みに関しては、どうやら「いま、ここじゃないどこかで、自分にぴったりな楽しい仕事」を探している人が多いように見える。 そんなもんあるかい、と思う。 やりたいことがあるなら、さっさと飛び込んでしまえばいい。 やってみるまでの時間は、やらない理由をさがすでも、やる理由をさがすでもなくて、どうやってやるか、を考える時間だけでじゅうぶんだ。やってみてちがったらやめればいい。 無責任かもしれないけれど、じゃあ、誰に対しての責任

ほしいのは、社会性より両想い

長所と短所は同じで、どこから見るか、その角度のちがいだけだと思う。 わたしの場合、せっかちでお節介なところが吉(長所)とでるのは、せっかちさは、スピードと、先回りする視点が求められるとき。お節介は、助けが必要な場面や、リーダーが不在でまとまらない、決められないときだ。 そして大凶とでたのは、2011年のことだった。 震災の前後で、優先順位が大きく変わり、その振り幅に自分自身が対応できていなかったのかもしれない。 あの時にでていた、強いクセのようなものは、それぞれの人が本

シングルマザーは、もう恋なんてしないなんて言わないとダメ?ぜったい?

「サクちゃんは再婚しないんですか?」と聞かれて、「いや、こっちが聞きたいよね!」と答えること山のごとし。 わたし、再婚しないんですか? 25歳くらいで離婚して、独身歴、早12年。 20代のうちは、あーちん(娘)も小さくてそれどころではなかったのもあって、「再婚する」という選択肢を少しももっていなかった。 同年代の男性が、敢えてのバツイチ子持ちを選ぶとはとても思えなかったし、実際そんな人が現れることはなかった。(もちろん、どんな状況でも選ばれる人は選ばれるんですけどね!!!

笑うシングルマザーができるまで

あーちんのことを知っている友人に、よく「サクちゃんも、両親にあーちんみたいに育てられたの?」と聞かれることがある。 どちらかというと、真逆だったなと思う。 わたしは三姉妹の中間子で、遡って客観視してみると、学力も運動も中の上で特に問題を起こすタイプではなかった。 だけど、いろいろなことを知りたい、わかりたい、という気持ちが強くて、それゆえ観察力があったのだと思う。 小学校の先生に「どうしてもっと子供らしくできないんだ」と言われたこともあったし、中学校の先生に「見透かすよ