お伊勢参りへゆく・外宮編

画像1 11月某日にお伊勢参りをした。この日は土曜日だった。参考までに、土日を使ったお伊勢参りのコツは一つだけだ。できるだけ早く(1ヶ月以上前)に、伊勢市もしくは松阪市のホテルを確保すること。そうしないと津市も含めてあっという間にホテルが埋まり、お伊勢参りの計画が立てられないだろう。当日の天気は運である。
画像2 参拝の順序に従い外宮から。外宮は伊勢市駅から歩いて参拝できる。しかも駅を出たらまっすぐ歩くだけだ。0800時、人はまばらだ。
画像3 伊勢市(実際には三重県の多く)では、玄関のしめ縄が一年中飾られている。色も綺麗に変色している。この地域的な風習は面白い。後日、調べてみると伊勢を旅した須佐之男命による言い伝えがあった。貧しいながらも須佐之男命をもてなした蘇民将来に対して、感謝の気持を込めて送った言葉から「蘇民将来子孫家門」のしめ縄が魔除け・結界として今も残ることとなった。同じような話で京都八坂神社の守り神である牛頭天王と竜宮城がある。地域にもよるが、須佐之男命と牛頭天王は同一人物だったと言われていたりする。
画像4 人が少ないのは朝が早いからであり、早いのには訳がある。宿泊先のホテルの朝食がガッカリメニューだったのだ。そこで急遽、朝かゆを食べる計画を立てた。
画像5 お伊勢参りといえば犬の代参。柄杓童子はその代参をモチーフにした像だ。代参とは、江戸時代にお金がなかったり身体が不自由なご主人に代わり、犬がお伊勢参りを行った。犬の費用とお伊勢参り云々の手紙が首のしめ縄にいれてあり、長い旅路のなかでも犬の費用を悪用する人はいなかった。そんな江戸時代の粋な話である。そんなわけで、おかげ犬に関連する土産物も多い。
画像6 伊勢せきやの看板には参宮あわびの文字が!!
画像7 伊勢せきやに入り、2階に上がればあそらの茶屋だ。0730〜1000までは朝かゆが食べれる。この御饌の朝かゆは、外宮で祀られている豊受大御神と関連していて、店員さんがそれぞれの品を一つ一つ説明してくれる。早口過ぎて聞き取れなかったのはここだけの話。今回は鯛の御饌の朝かゆを注文してみた。普段朝食を摂らないお師匠様も完食。それは豪華な朝食だった。
画像8 風宮。台風被害が多い時代、来年以降の災いが少しでも減りますように。
画像9 いつの時代からのものだろうか。木の寿命の長さは偉大だ。その当時のままの風景を伝えてくれる。これらが文字通り林立していた。
画像10 豊受大神宮で祀られているのは豊受大御神。五穀豊穣の神様だ。この豊受大御神は、内宮に祀られている天照大御神のお食事を司る御饌都神とのこと。もしも邪馬台国女王の卑弥呼(日御子)が天照大御神と関係しているとすれば、卑弥呼の跡を継いだ壹與(台与)と豊受大御神にも共通点があるのではないかと考えている。理由は簡単で、神様が出てくる古事記が作られたのは712年、日本書紀が720年。奈良時代の話だ。ということは記紀神話の題材となる過去の偉大な人物たちが奈良時代まで「語り継がれてきた」はず。日本神話の鍵は邪馬台国にある。

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まったりな人生にシフトチェンジ。よそはよそ、うちはうちというスタンスです。趣味は写真と焚き火とその他諸々。ときどきインストラクター。まれに自然環境下及び遠隔地域における救急法のあり方を考えます。