地下駐車場のスピーカーが近未来チックでおもしろい
■気づかないかも
地下駐車場の壁や天井に、スピーカーがあるのをご存じだろうか。消防法にもとづき、非常時に危険を知らせるべく設置されている。
風雨にさらされず、そもそも構造がシンプルなので、簡単には壊れないのだろう。数十年前の製品も多いようだ。
そのため、まるで進化から取り残された深海魚のようにユニークな形のスピーカーを見かけることがある。
今回はその特集。
■監視カメラはよく見かける
地下駐車場に車をとめ、地上へつながるドアへ向かう。その途中、ふと見上げると監視カメラに見つめられている。そんな経験をしたことのある人も多いだろう。
しかしその陰にある、スピーカーの存在に気づく人は多くあるまい。
百貨店のキラキラしたフロアにあるスピーカーであれば、インテリアとして客の目を楽しませるだろうし、洗練された音楽を流してもいるだろう。
だが、ここは地下。しかも駐車場。
湿った薄暗い空間の片隅にすえられた業務用スピーカーに、誰が目を向けるというのか。灰色のコンクリートとあまりになじんだその姿を見かけるたびに、私の頭には近未来の廃墟が浮かぶ。
未曾有の疫病も落ち着きを見せ、にぎわいをとり戻し始めた都内。その地下には、どんなスピーカーが息づいているのか? 気になった私は4月某日、レンタカーで地下駐車場をめぐる弾丸ツアーに出た。
■知られざる大企業
【File.1】雷門地下駐車場
ゴミひとつ落ちていない、清潔な空間。丁寧に管理されているのがわかる。
それはともかく、私の目的はスピーカー。駐車させて上を見ると……
あった! 一気に高まる近未来廃墟感! くすんだ灰色の壁と天井をつたう配管。そして柱の上部に設置された、まるでシュモクザメの頭を思わせるスピーカー。
この駐車場を運営している区によると、このスピーカーは日本の音響機器・セキュリティ機器メーカー、TOAのもの。製造年は不明。少なくとも西暦2000年以前なのは間違いないらしい。
TOA製の業務用スピーカーの人気はかなりのもので、ほかの地下駐車場でも使われていた。例えば……
【File.2】東京駅八重洲パーキング東・西駐車場
八重洲パーキングのTOA製スピーカー。なんだか宇宙船の脱出ポッドのようにも見える。
今回はじめて知ったが、TOA株式会社は「TOA=東亞」という社名が示すとおり、1934年創業の超老舗。東証プライム(以前の東証一部とほぼ同じ)に上場しているので、かなりの大企業だ。
八重洲パーキングには別モデルもあった。
こっちはこっちで、大友克洋のネオ東京っぽいデザイン。『AKIRA』で描かれた都市が、こんなところに存在していたとは。
■「失われた」メーカーのスピーカー
【File.3】練馬駅北口地下駐車場
こちらの駐車場は、コンクリート打ちっぱなしの壁にはめこまれたオールドタイプのスピーカー。近未来のジャズ喫茶のような雰囲気。
管理している人の話だと、30年以上前のスピーカーだが、一度も壊れたことがないという。
と、発見したことがある。
どうにか読める”Victor”の文字!
そう、2008年にケンウッドと統合して、単独の企業体としては失われてしまった日本ビクター株式会社の製品だった!
Victorの”V”の前には、蓄音機の音に耳をかたむける犬もかすかに見える。
今ではJVCケンウッドの1ブランドとして残るだけになってしまったビクター。だが一度も故障なしの結果が示すとおり、商品は昔から超一流のようだ。
他の地下駐車場でもビクター製を確認できた。
【File.4】渋谷区役所前公共地下駐車場
はっきり”Victor”と書いてある。
通路のスピーカーもビクター製。やはり20年以上前のもの。
【File.5】新宿駅西口駐車場
こちらの駐車場はメガホン型。拡声器型といった方がわかりやすいかも。
もちろん……
先端に”Victor”の文字。新宿西口でも大活躍。
メガホン型スピーカーは、古いパニック映画の影響だろうか、非常時を知らせるのに最適な気がする。このタイプから緊急地震速報が流れたら、なりふりかまわず地上へ駆けあがるに違いない。
余談になるが、大型地下駐車場は必ず非常用放送設備をそなえなくてはいけない。
非常用放送設備とは、火事や災害が起こったときにスピーカーから「5階で火事です! ただちに避難してください!」などの非常放送や緊急地震速報が流れる仕組みを含む。
そしてこれらの設備は、消防法により年2回の機器点検と年1回の総合点検が厳格に義務づけられている。したがって古いスピーカーが使われているからといって、余計な心配は無用だ。
実際、ある地下駐車場で私が冗談まじりに「30年前のスピーカーって、ほんとに大丈夫ですかあ?」と聞いたところ、係の人につまみ出されそうになったので、まず間違いなく正確に作動する。
そもそもスピーカーから常に音楽やセール情報を流している駐車場もある。問題があれば、すぐに発見できる態勢が整えられているのだ。
■鳥山明とサイバーパンク
【File.6】中央区営浜町公園地下駐車場
監視カメラとスピーカー。2台ともレトロ近未来なデザイン。どこか鳥山明的。カプセル・コーポレーションのCCマークが入っていそう。
これらはどこのメーカーか不明だった。一応、JVCケンウッドに似た製品があると述べるにとどめたい。
【File.7】新宿サブナード駐車場
ここのスピーカーは、珍しい円盤型。火災報知器っぽい見た目なので、スピーカーと思われないかもしれない。
再生すると、新宿サブナード駐車場のウェルカム・メッセージが流れる。サイバーパンク映画のワンシーンのよう。
メーカー名は不明とのことだったが、パナソニックの天井露出型スピーカーに近い商品があった。
■先人たちの偉大なプロダクト
【File.8】大田区営アロマ地下駐車場
このとき雨が降っていた。『ブレードランナー』の世界に降り続いていた、酸性雨の気がしてくる。
どことなく質素な見た目。
植民地で苛酷な労働に従事させられているレプリカント(人造人間)。彼らに命令を下すスピーカーに見えるのは、私だけだろうか。
うっすら読める”Panasonic”の文字。現在も発売中のWS-2130Aという型番の商品シリーズと思われる。
【File.9】足立区役所地下駐車場
担当の方の情報だと、Panasonic製のWT-710。区庁舎が建てられた1996年に設置されたものらしい。
パナソニック製も多くの地下駐車場で採用されているようだ。
無機質でありながら、どこかやさしいデザイン。「パトレイバー」と名づけたい。
【File.10】東京タワー地下駐車場
ツアーの締めは、東京タワー地下駐車場のスピーカー。残念ながら場内の撮影許可が下りなかった。
というか、撮影は有料。ドラマや映画向けの価格設定で、数枚の写真を撮るためだけに払える金額ではない。そんなわけでイラスト。
どこか懐かしさを感じるメガホン型スピーカー。
これまで近未来タイプばかり見てきた私には、長旅の末にたどりついた辺境の惑星で、そっと出された故郷の味噌汁のようだった。
しかも……
ナショナル製品(現:パナソニック)!
Nマークのついた商品が最後に出荷されたのは、1987年ごろらしい。つまり35年前か、それよりもっと前に製造されたスピーカーということになる。にもかかわらず、今でも現役。
東京タワーの地下でケガ人が出たり人命が失われたりしたら大問題になる。そうならないよう、念には念を入れて管理しているだろう。
厳格な点検をいく度もくぐり抜けてきた、Nマーク・スピーカーの実力に心から敬意を表したい。
■レンタカーを降りて
今回の弾丸ツアーで、国産スピーカーの優秀さを知ることができたのは大きな収穫だ。
日本ビクターは2007年まで松下電器産業(現:パナソニック)の傘下だったから、ナショナルも含めた松下系スピーカーがどれほど愛されていたかがよくわかる。
もちろん、隠れた大企業TOA製スピーカーも同じく優秀なのは言うまでもない。
地下駐車場は全国にある。停める機会があれば、ぜひ斜め上を見てほしい。
ちなみに、地下駐車場は基本的に撮影禁止。勝手に撮影していると、係の人につれていかれる。
この記事の写真・動画は手続きをふんで、許可をいただいた。区・都の担当の方、ヤエチカ・小田急・新宿サブナードの担当の方にはお礼を言いたい。ありがとうございました。
それから丸一日、運転させてしまったHくん、ありがとう。
かつて、あるバンドがドブネズミは美しいと歌った。今、私も同じ気持ちだ。
地下駐車場のスピーカーは美しい。
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