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虹色の世界

「わたし」、いや「ボク」でないといけない。

私は「男性」。でも、ずっと遊び道具は人形だったり、子供用の化粧セットだったりした。それが私の普通だった。

だけど、そんな「普通」で居られるのも小学校高学年までだった。同級生に「おとこおんな」と笑われたことは絶対に忘れない。あの日から私の世界はモノクロになった。海も山もカラフルな虹さえも。


「ルイ、早く着替えないと体育遅れるぜ」
幼馴染の龍が、私の方を見ずに教えてくれる。

「ありがとう。すぐ終わるから」

あぁ。廊下に出た龍の返事が聞こえる。

「トレイのことだけどさ。もう女子トイレ使っていいってよ」

「えっ?」私は驚いて高い声を出してしまった。トイレ?自由?

トイレは私にとって苦痛でしかない。学校には男か女かしかいない前提で運営されている。私の通う高校もそうだ。私の心の性別は無視される。
もし私が使おうとしても常識が許してくれない。そんなこと、龍だってわかっている。

「私が女子トイレ使っていいわけないじゃん!だって…わたし…男だもん」
つい声に力がこもる。

「吉野とか恵美とかが学年の女子みんなにお前が女子トイレ使っていいか聞いたんだってよ。そしたらみんな、いいってさ」

「かおるちゃんにえみちゃんが?」

ぶっきらぼうに龍が頷いている。
私は拳を握りしめて下を向く。

もしかしたら、男らしく嫌々短くした髪も、精一杯のおしゃれでしてるペディキュアも、もう隠さなくていいのかな。

そう思うと涙が込み上げる。

「お前のこと、みんな大切に思ってんだよ。1人じゃないんだよ」
龍の背中が震えている。

「でも、…わたし普通じゃないよ?自分でもわからないんだよ」

「普通なんて誰が決めたんだよ。…おれはバカだからさ、常識とか普通とか知らねぇんだ」

見た目通りゴツゴツした声、でも力強さと優しさを感じる声。
その後姿はまるで、長い航海から帰ってくる船が目標にする、灯台のあかりみたいに揺るぎない。

体育が終わり、かおるちゃんと恵美ちゃんとお昼を囲む。

「ねぇルイ、なんかトイレ行きたくなっちゃった、一緒に行かない?」

かおるちゃんが当たり前に言う。私はこの普通が欲しかったのだ、と心の底から思った。

龍が、恵美ちゃんが、かおるちゃんが、学校全体が私を認めてくれた。そう思うだけで世界が彩りを取り戻したように輝きだす。

窓から見える海は青、空は青より藍。そこに沈む夕陽は橙色だろう、学校の前の信号は黄色で点滅してる。緑の運動場の芝生も綺麗だ。恵美ちゃんたちがつけているリボンは紫色。あと一色。

「うん。ありがとう」
私は色付いた世界で、あと一色を探しながらお礼を言う。

「ありがとうって言われても困るよ。トイレ行くだけだしさ」

かおるちゃんは笑いながら席を立ち、
「もう、気にしなくて良いからね。…あとさ、ここだけの話、龍って恋愛対象が女の子とは限らないんだって!」
ニヤつきながら私の耳元で呟く。

隣の席の龍の耳は、私のお弁当のトマトより明るい赤だった。


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