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すれ違い様の暴言の話

 最近Xで、すれ違い様に女性の身体を勝手に品評し、あまつさえ本人に聞こえるように話出す、暴挙に暴挙を重ねた男性たちの言動が話題になっているが、性的な言動ではなかったものの、似たような経験をしたことがあり、ずっと忘れられないので書き連ねることにする。
 ちなみに美談ではまったくない。

 無謀な小学生の頃の話である。

 その頃の私には、Mちゃんという仲の良い女友達がいた。頭が良くて温厚で、声を荒げたところはついぞ見たことがない。音楽が好きで洋楽も色々と聴いていて、私の知らないことをたくさん知っている、でもマウント取りなんてしない、とても聡明な少女だった。
 背が高いのも格好良くてうらやましいと思っていたけど、本人はそれを気にしているように見えた。

 ある雨の日、傘をさしながら二人で学校の近くを歩いていると、制服を着た二人の男子中学生が反対方向からこちらに向かってくるのが見えた。

 嫌だな……
 相手の顔を見たくなく、傘を深くさして視界に入れないようにした。

 この頃は正直、男子とすれ違うのが嫌だった(まあ今も好きではないが…)。からかってきたり、因縁をつけられたりすることがあったからだ。
 多分Mちゃんも同じ気持ちだったと思う。

 Mちゃんと二人、黙って男子中学生とすれ違うと、茶化すような調子で一人の男子が声を上げた。

「背ぇデカっ」

 咄嗟にMちゃんの顔を窺った。Mちゃんは悲しそうな顔をして背を曲げていた。苦しそうだった。

 この瞬間、めちゃくちゃな怒りが込み上げてきた。

 Mちゃんのことを何にも知らないくせに、笑いものにするみたいに、すれ違い様に言葉の刃物をふるってきた。
 本当に許せなかった。

 気が付いたら立ち止まって振り返り、男子中学生を怒鳴りつけていた。

「うるせーチビ!おまえがチビなだけだろ!謝れ!」

 いま考えると口が悪いうえに、体格差のある相手に無策で挑みすぎている。相手も大概、躾のなっていない子どもなのだから、普通に殴られてもおかしくなかった。

 そのうえ、おそらく核心を突きすぎていた。

 暴言を吐いた男子中学生は、私より背は高かったが、Mちゃんよりは小さく見える。多分、本人は背の高さがコンプレックスだったのだ。
 図星を刺された人間はどうなるか。たいてい、逆上する。

 案の定、小柄な男子中学生が「は?」とこちらを睨みつけていた。

 この時、怒りと恐怖で手足が震えていたのを忘れることはできない。
 身の危険を感じたMちゃんが、私を制止して「もう行こう」と止めようとしてくれた。賢いとは言えない友達に巻き込まれている、気の毒な友人。
 マジで余計なことをしている。

 雨だったこともあり、日中の住宅街に私たち以外の人影はなかった。
 どう考えても走って逃げる場面だったが、通り魔的に投げつけられた暴言があまりにも理不尽だったのが許せないし、どのみちもう臨戦体制に入っているのだから、絶対に引かないと腹を決めた。
 いざとなれば手元にある傘で応戦し、Mちゃんが逃げる時間くらいは稼ごうと思っていた。浅はかである。

 相手と睨み合うこと数秒、もう一人の男子中学生が「もう行こうぜ」とチビを促し、二人はそのまま去って行った。
 どう考えても、このまともな男子中学生に助けられたと思う。

 その後、Mちゃんと私も歩き出した。
 あんなことしなくていいんだよ、危ないよ、とMちゃんは言った。普通に危ないし、リスクを考えると迷惑な行為である。何も言わないのが正しい。

 でも黙っているのは嫌だった。
 友達が背を曲げている姿を見るのも嫌だった。

 そのことだけ、強烈に覚えているんだよな。
 今同じ場面に遭遇したら、もっと賢く立ち回れるだろうか。わからない。
 でも絶対同じことはしないほうが良いと思う。

 これが私の忘れられない暴言の話。

 なお「暴言じゃないだろこんなのは」と思った人は、見知らぬ他人にすれ違い様、自分が気にしていることを揶揄されても何とも思わない仏だろうと思うので、他人に強要せず、そのまま自らの道を生きてくださるとよろしいかと存じます。

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