【ラブホという場所の裏の顔 最終回 おーさんの旅立ち】

ラブホテルの清掃の物語

おーさんの全身には、きれいな入れ墨が入っています。
その当時に限らず、若い子が「タトゥー」として入れるのとは違って。柄は日本画でした。
そんな関係があったのか、おーさんは、非常の絵が上手な人でした。
絵といっても、日本画、特に日本美人画が得意でした。
これは、後になって知ったことです。

当時、テレビによく出ていた、元やくざの組長の山本集(やまもとあつむ)さんも、富士山の絵を何枚も書いていたそうですが、やくざの方は、日本画が得意なのでしょうか?

ある日、仕事が一段落して、ある部屋の床に座って休んでいると、おーさんが紙を捲いたものを持って入ってきました。
「角ちゃん、ちょっとこれ見てくれる?」と言いながら、おーさんは捲いた紙を広げました。
そこには見事な日本美人画が描かれていました。
大きさは、A1の大きさでした。

「すごいですね。どうしたんですか?この絵?」というと、おーさんは「俺が描いたんだよ」と言います。
私はびっくりして、「すごいじゃないですか!!すごく綺麗ですよ!!」というと、おーさんは、その絵を描いた経緯を話してくれました。

おーさんは前科3犯の元やくざ。
今は足を洗って、この仕事をしていますが、自分としては「足を洗った」ということに非常に疑問を持っていたそうです。
飲み屋に行ってもパチンコ屋に行っても、昔と同じように優遇を受ける。
昔のやくざ仲間に誘われれば、お金のために協力する。
これじゃ、「足を洗った」と本当に言えるのか?
自分は、奥さんのためにも、本当に足を洗いたい。
でも、環境が同じであれば、昔と何も変わらない。

そんな苦悩を抱えているところに、新聞で、ある県の伝統文化の絵を描くデザイナーを募集している記事を見つけたそうです。
ダメ元で、1枚の絵を描いて送ったところ、相手先から「A1で日本美人画を送ってほしい」との要望が来たとのこと。
そこでおーさんは、A1の紙に得意の日本美人画を描いたとのことでした。

おーさんは「やっぱりさ、環境を変えないと、どうにもならないんだよね。だから、できれば、かみさんとその場所で新しい仕事がしたいんだよ。でもこの絵気に入ってるからさ、送る前にできれば、コピー取りたいんだけど、どこかにA1のコピーできるところないかな?学生の角ちゃんだったら、知ってるかなと思ってさ」と言います。

私はその話を聞いて「分かりました!コピー取れるところを探しに行きましょう!それで是非その県で、新しい生活を始めてください!」と言って、仕事終わりにおーさんとA1のコピーを取りに出かけました。

その当時、秋葉原の裏町には、同人誌を印刷してくれる小さな印刷所がいくつかありました。
今のようにキンコーズ等がない時代、そんな手掛かりを伝手にしないとA1サイズのコピーはできませんでした。

何軒か回って、1軒引き受けてくれるところが幸いにも見つかり、A1コピーは取れました。
その数日後、おーさんはその会社に日本美人画の原本を送り、一月後ぐらいに正式採用の通知をもらったとのことで、おーさんはラブホを退職することとなりました。
私は餞別に、安物のバーボンを買って渡し、お互い固い握手をして別れました。

おーさんはあれから、ある県の会社でデザイナーとして働いていたのでしょうか?
それとも、夢破れて、また元の地元に戻って生活をしていたのでしょうか?
それは分かりません。
でも、おーさんの覚悟があれば、きっと前者で、奥さんと仕事を全うしたと信じたいです。

そんなときが1995年2月。
私も大学の卒業の時期でしたので、ラブホを退職いたしました。

今では、「お金を稼ぐ」ということにおいても、「人と付き合う」ということについても、いい思い出になっています。

さて、このシリーズは今回で終了です。
フォローして読んでいただいた方には、心より感謝申し上げます。
今後は、秘密を守りながら、法律事務所のシリーズを書いてみたいと思います。

私の雑文は、以下でまとめて読めますので、ご興味のある方はどうぞ。
https://note.com/sababushi1966
よろしくお願い申し上げます。

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