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父の法事で思い出した『コーヒーロースター』製作の頃

数年前に亡くなった父の法事で、7月半ばに母の家のある大阪に数日滞在しました。

2015年にSaashi & Saashi の第1作となる『Aコードで行こう』をリリースした時、わたしたちはゲーム販売の大型イベント「ゲームマーケット」に出展するギリギリ直前まで箱詰めの作業に追われていたのでした。あの頃はまだ自分たちで製品の箱詰めなどすべての作業を自力で行なっていたのです。

すでに日程が迫っていて、運送業者での会場搬入は間に合わなかったので、当日大阪の会場へ持参しなければなかったのですが、自分で京都から運ぶのは大変だっということで、父に京都までゲームを取りに来てもらうことになりました。父が京都に車で取りに来てくれた時点では、まだすべての箱詰め作業が終わっておらず、不器用で細かい作業が苦手な父にも手伝ってもらうことになりました。当人は思いも寄らない手伝いをさせられてぶつぶつ言っていたのを思い出します。

1作目の『Aコードで行こう』をどうにかリリースした後の半年間、わたしたちは第2作『コーヒーロースター』を開発していました。ゲームデザインとしては、最初の発案が5月6月くらいで、7月まで開発を続けていてうまくいかず、途中で方向を転換してコーヒー焙煎のテーマに決定し、そこからはトントン拍子で仮の完成まで漕ぎ着けました。そこから本格的な調整と、印刷のためのデータ作成に入りました。

『コーヒーロースター』は1人用のボードゲームで、厚紙トークンを布袋の中でジャラジャラ混ぜてから取り出す作業を繰り返します。布袋の製作は、裁縫を得意とするぼくの母が担当することになりました。そのためのサイズを決めなくてはなりません。

わたしや妻の貴子さんの手のサイズを元に、ある程度の大きさを仮に決めたのですが、もっと手の大きな人にも試してもらわなくてはいけない。手のずんぐりした父にそのサイズの袋を試してもらい、トークンを混ぜる作業がしやすいかどうかチェックしてもらうことにしました。「大丈夫」とOKが出て、最終的なサイズが決まりました。

その日が自宅で過ごす父を見た最後でした。翌週父は入院しました。

ゲームに関するすべてのモチーフが決まったので、イラスト担当の妻の貴子さんがイラストを描き始め、ぼくはコーヒー豆の各種類のディテールの数値の詰めとゲームバランスの調整に入りました。

アートグラフィックの面では、一番時間がかかる箱の製作を急がねばならず(すべての日程はギリギリでしたが)、貴子さんはまずボックスアートを仕上げ、そのモックを作りました。実際の箱のサイズでイラストをチェックするためです。

入院している父の病室に『コーヒーロースター』の箱のモックを持参して、それを見せました。手に取った時、あまりに鮮やかでポップなアートなので、父は当初それをお土産の洋菓子の包装紙だと思ったようです。コーヒーの焙煎機と焙煎士の絵だと知ると、「とても良い」と言って喜んだのでした。

9月10月と過ぎ、その間わたしたちは製作に追われていました。父の病状は悪化していましたが、その間に病室を訪れることができたのは2回だけでした。11月の下旬に開催されるゲームマーケットに『コーヒーロースター』を間に合わせるために時間が本当にギリギリだったのです。

11月上旬に父が亡くなりました。

亡くなる前に父は、「自分が死んだとしても、東京のイベントに出展するのを辞めないように」と母に伝えていたそうです。おそらく父ならそんなふうに言うでしょうし、仮にわたしたちが彼の葬式に出席することを理由にイベント出展を辞退したりしたら最もいやがるだろうなとは察していました。

印刷の締め切りが迫る中で、わたしたちは通夜には行けず、葬式の前夜に母のところへ行きましたが、葬式の準備の間も、葬式の会場でも、わたしたちは入稿データの校正作業をし続けていました。

葬式を終えた後、母はわたしたちが依頼した布袋を一心不乱に製作しました。かつては裁縫を生業としていたとはいえ、急に何百も製作するのは母も大変だったでしょうが、父を亡くして意気消沈している最中だったので、むしろ精神の拠り所としての作業があって助かったと笑って言いました。

布袋が完成した後、母は京都のわたしの家に泊まり込み、続々と届くコンポーネントの箱の中に埋もれながら、必死の思いで箱詰め作業に入りました。(この時の箱詰めの過酷さにまいってしまい、もうそれ以後自分たちで箱詰め作業をすることはなくなりました。)

そうして迎えた2015年秋のゲームマーケットで、わたしたちは『コーヒーロースター』をリリースすることが叶ったのでした。当日はそれほど話題にもならず、わたしたちが会場販売用に持ち込んだ総量の半数を持ち帰ったことをよく覚えています。(海外での評判が得られて残りの在庫がすべて売れ、さらに再版した分もすぐに売り切れたのは半年以上あとのことです。)

それから数年の月日が流れました。このゲームは現在インターナショナル版(dlp社から欧州版ストロングホールド社から北米版、その他数カ国の版、谷オリジナルのアートでBigfun gamesから台湾版が存在)が出版されています。インターナショナル版の日本語版である『コーヒーロースター 欧州エディション日本語版』を自分たちの手で Saashi & Saashi から出版することになりました。その初版はすでにストックが尽きかけているので、すでに欧州での生産を終えた第2版が現在輸送中の段階にあります。

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【左】『コーヒーロースター』初版2015年、【右】『コーヒーロースター 欧州エディション日本語版』2019年

お経を聞きながら窓の外を眺めていると、2015年のあの頃がここからは遠い日の出来事のように思え、でも不思議なことに、ついこないだのことのようにも思えてくるのです。

現在はゲームデザイナーとして、スモールパブリッシャーとして仕事をしているわたしですが、当時は何者でもなく、父から見てもただ趣味的に創作に没頭している息子であったに過ぎなかったろうと思います。いま父が生きていたら何と言うかはわかりませんが、わたしはたぶん普段の会話の中で、新たに構想するゲームの話をしたり、コンポーネントのサイズについて、ずんぐりした手を持つ父に尋ねたりしたのだろうと思います。

いまでも、自分が『コーヒーロースター』を遊ぶ際に、袋でトークンをジャラジャラと混ぜる時はいつも、あの日、試作用の布袋に手を入れてサイズについて考えてくれていた父の横顔が脳裏で重なります。その時の父がとても良い表情だったので、そのあとすぐに撮ったその日の写真が彼の遺影になりました。

母とわたしの妹夫妻と貴子さんとで訪れたお寺の、窓の外に揺れる木々の枝ぶりを眺めながら、ぼくはふとそうしたことを一息に思い出したのでした。

Saashi

2020年7月

Saashi & Saashi
Twitter / WEB


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ボードゲームデザイナー。京都でアナログゲームを制作する Saashi & Saashi(サアシ・アンド・サアシ)の代表。これまでに『バスルートをつくろう』『コーヒーロースター』『エレベータ前で』などを制作。自レーベルから出版するほか、海外出版社からライセンス契約でのリリースも。

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コメント (2)
読んでいてちょっと涙です。私の父は2016年3月に亡くなりましたが、色々あって私自身は立ち直れずです。でもご飯は食べるし、時間とは不思議なものです。そして今。
私は残された母を守って生きています。
お読みくださりあががとうございます。
わたしの父は、自分の死が残された家族に心理的負担を与えてしまっていると知れば、きっと「悪いな」と考えるだろう人だったので、なるべくそう思わせないようにしようと。
あとは、どうせいつか会うと思うので、その時のための土産話をたくさん集めよう、とそう思って生きています。いろんな楽しいお話を。
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