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広島協奏曲 VOL.2 尾道・流れ星 (11)

  立ち往生

1月の最終土曜日、母恵美子の35日法要が執り行われた。
今年は雪が多く、2月は更に降ると天気予報は伝えていた。
親戚筋も高齢者が増えてきて、入院で来れないとの人もいた。ましてや今年の大雪の為、数名のみの35日法要となった。
満中陰志、土産の菓子折り、果物籠(ゼリー菓子で代用)は宅配便で送る代わりに、現金書留で御仏前が届く。

時代は変わりつつある。

1月も村上は忙しいらしく、なかなか尾道に帰って来れなかった。
雅恵は、イブのドタキャンに不貞腐れていた事も忘れ、村上を心配していた。
【無理しとらんじゃろうか、、、。ご飯、ちゃんと食べとるじゃろうか、、、。ちゃんと寝られとるじゃろうか、、、。】

2月、テレビで寒波襲来のニュースが盛んに流れている。山陰から北陸にかけて大雪警報らしい。
【ゴンちゃん、今、何処じゃろ?。雪ん中?】11時ごろ、雅恵はLINEを送ってみた。
”いま、どこ?”
”雪 大丈夫?”
返事は来ない。
気になってなかなか寝付けない。うとうとしながら、携帯のLINEチェックをする。
3時ごろ、村上から LINEが来た。
”今、福井の手前”
”高速降ろされて国道の中、いっそ動かん”
”少し寝とった。”
雅恵は文字を打つのが面倒臭くなり、電話を掛けた。
「ゴンちゃんっ!。生きとるっ?」
「おお、生きとるど。すまん、寝とった。」
「……良かった。……雪に閉じ込められとると、よ~死ぬ人おってんみたいなけぇ~。」
「おお、トラックはまあ、大丈夫よ。」
「動きそう?。前も後も止まっとん?」
「うん、止まっとる。……もうすぐ自衛隊が来てくれるらしいわ。ラジオで言いよった。」
「除雪?。早い事、抜けれるとええねぇ~。」
「そうよのぉ~。まっ、前か後か、どっちが先か判らんが、、、、何時になるかのぉ~。」
「無理せんのんよ。ほんまに。」
「おお、わしは大丈夫よ。それよりまーちゃん、寝ときんさい。明日も仕事じゃろ。」
「うん、仕事。」
「わしはどうにかするけぇ。もう寝っ。……おう、それと、もうちょっとすると新人が二人入るらしいけぇ、楽になりそうなど。」
「そりゃ、えかったね~。……うん、寝とく。」
雅恵は電話を切り、横になる。しかし寝れなかった。
朝方、また電話した。村上は出ない。何度も掛け直した。やはり出ない。
雅恵はドキドキし始めた。【…….まさか、……大丈夫じゃゆうてたじゃんかぁ。】
そのまま朝になった。携帯を握りしめたまま雅恵はベッドに座っていた。
携帯の着信が鳴った。村上からだった。すぐに出る。
「ゴンちゃんっ!。どしたんっ!。電話にも出んとっ、何しょったんっ!。」雅恵は大きな声で言った。
「すまん、すまん。自衛隊の人と一緒に雪かきしょった。何べんも電話くれとったんじゃの、すまん。すまん。」
「もうっ!。心配しょたんよぉっ!。バカっ!。」責める様に言ってしまった。
「すまん。すまん。……もう動きそうじゃ。荷物を持ってく先は直ぐそこじゃけぇ。8時までには着けそうじゃ。」
「荷物の事より、自分を心配しっ!。」
「すまん、すまん。帰りは除雪してあるけぇ、早う帰れるど、多分。」
「……気ぃ、付けて帰ってね。……頼むよ、、、。」責めた言葉を悔やむ様に、弱弱しく言う。
「おお、判っとる。……帰ったら、飯食おう。……また連絡するわ。」
「……うん、連絡してぇね。待っとるけぇね。」か弱い女になっていた。
「おう、へじゃぁのっ。」村上は終始、明るかった。楽観的とでも言う様に。
雅恵は少し安心した。が、帰りは無事帰れるか、また心配し始めた。

良く眠れないまま、雅恵は仕事に向かう。
村上が心配で、自分が眠い事は忘れ日常業務をこなし、仕事中もLINEで時々、村上と連絡を取った。
AM 9時頃 ”もう出た?”
---"まだ。納品先で人が来るのを待っとる。"
PM 1時頃 ”今、どこ?”
'---”西紀SA”'---”そこ何処?”'---”兵庫県”'----”気を付けてね。”'---”うん”
運転中は携帯が操作出来ない為、サービスエリアに寄る度にLINEが来る。
PM 5時過ぎ ”今、どこ?”---”道口PA。あと一時間くらい”---”わかった。会社は何処?”
”東尾道のハローズ(スーパーマーケット)の裏 ”---”行って待ってる  急がんでええよ。”---”了解”

雅恵は東尾道のハローズに寄り、鍋材料を買い、駐車場から村上の運送会社を見ながら待った。
7時過ぎ、辺りはすっかり暗くなった頃、村上が運転するトラックが目の前の渡辺運送へ帰って来た。
会社内で大きく弧を描き、バックしながら、トラックが止まった。
スーパーの駐車場から出て、会社の前の道路で待っていた雅恵は、車を降りトラックへ駆け寄る。
運転席の横から見上げ、「ゴンちゃんっ!。」と叫ぶ。村上が運転席から雅恵を見て笑ってる。安心した様に笑ってる。
エンジンを切り、運転席が空き、村上が後ろ向きで降りてきた。
「おう。心配かけたのぉ~。すまん、すまん。とりあえず無事で帰って来たけぇ~。」
「ホンマよぉ。心配したんじゃけぇ。」雅恵は降りてきた村上のすぐそばまで駆け寄る。がその時、凄い匂いが鼻を突く。
「……臭っ!。……ゴンちゃん、、、何日、風呂入っとらんのん。」雅恵は顔を歪めながら聞く。
「ほうよのぉ~、3日か?4日かのぉ~。」すまなそうな顔の村上。
「……も~、きっちゃなぁ~ねぇ~。……着替えは持っとるん?。」
「あるでぇ。いっつも持って出とる。……こん度は着替えとる暇がなかったけ、洗うたまんまが有るわ。」
村上は、トラックの運転席に上り、後ろの方からリュックサックを引っ張り出してきた。
「ほいじゃ、それ持ってうちの車に乗りっ!、うちで風呂入りっ!。その後、鍋にしょう。」
「お~ぉ。鍋か。まともな飯は何日ぶりかのぉ~。」
村上はトラックのドアにカギを掛け、二人は雅恵の車へと歩き出す。

助手席に村上を乗せ、車は尾道バイパス方面へ走り出す。
当然ながら、車の窓は真冬に関わらず全開。尾道バイパスを西へ走る。
風を切る音や車のエンジン音、タイヤの走行音、他の車のエンジン音などで会話も出来ないままバイパスを下り、雅恵のアパートへ着く。
「あ~ぁ、臭かったぁ~。……すぐにお風呂に入りんさいね。」窓を閉め、ドアを開け、車を降りながら雅恵が言う。
先を歩き、時々振り向きながら「この一番奥の2階の部屋がうちの。」と雅恵が言う。
「お~ぉ、東珍康(とんちんかん)の裏かぁ~。……国道からはちょっと離れとるけぇ、まぁまぁ静かか?」
「うん、窓を開けりゃ、ちいとうるさいかねぇ~」階段を上がりながら、答える。

今回、武彦のトラックは立ち往生した。
本当は、雅恵が立ち往生していた。
立ち止まろう。目の前を見つめ直そう。
きっと、星は輝いている。流れて、消えてしまわない星があるはず。


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