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ナボコフの文学講義 (河出文庫)ウラジーミル ナボコフ

この本は、世界的名著「ロリータ」の著者である、ウラジーミル ナボコフ氏(1899-1977年)が、いくつかの文学作品を挙げながら、ひたすらその面白さについて語り倒すというものです。(「ロリータ」は、日本の「ロリコン」とかの「ロリ」の語源にもなっている作品ですね)

読書猿氏がたびたび取り上げていたのを見て興味が沸き、手にとりました。


諸君、愉しみ給え。意味なんか無くていいのだ。

一番おもしろかったのは、下巻P395 結び

わたしがこの講義で取り上げた小説から、きみたちがはっきりとした人生の問題に応用できるようなことは、なにひとつ学ぶことはできないだろう。これらの小説は商社の事務室や、軍隊のキャンプや、台所や育児室では何の役にもたつまい。実際、わたしがきみたちと分け合おうとしてきた知識は、まったくの贅沢品だ。それはフランスの社会経済を理解したり、女性の心や青年の心の秘密を理解したりするにはなんのたしにもならないだろう。しかし、きみたちがわたしの冷感を受け精密に成った芸術作品が与える純粋な喜びを感じるには役にたつだろう。そしてこの喜びの感覚が今度はさらに純粋な心の慰めの感覚、つまり人生の内部構造はさまざまに失敗やへまをやらかすにもかかわらず、やはり霊感と精密さから成っているものだと気づいたとき感じられる心の慰めを、しだいに生み出してくれるのだ。

そして、

上巻P309 ギュスターヴ・フロベール

しかし、詩や小説が本当のことであるかないかを問うてはならない。誤解してはいけない。なによりも文学の教授になりたいというような格別の場合を除けば、文学なんて現実的な価値はまるでないということを忘れないようにしよう。エンマ・ボヴァリーという女は存在しなかった。『ボファリー夫人』という小説はこれから先も永遠に存在しつづけるだろう。小説のほうが女よりも長生きする。

文学に"実用的な"知識や価値は一切無い。
文学の先生が、そう言い切ってしまうのに驚きました。

この本を読み始めたときは、岡田斗司夫氏がニコ生でアニメを語るように文学作品を深読みし、物語の解釈を広げていくものだと思っていました。

でも、違いました。

とにかく一文一文を精読して、線を引き、ときには図解していく。そういったところまではナボコフ先生も岡田氏も似ています。

でも、岡田氏が作家のインタビューなどから、その作品に込められている社会的なメッセージ・作家自身の葛藤を読み取るのに比べ、ナボコフ先生の場合は、徹底的にその作品に"書かれている"内容に終始して"感じ取ろう"とするのです。

P40 ジョン・アップダイクによる序文

「わたしはあの人になら読み方を教えてもらえると思ったの。(中略)」「文体と構造こそ、小説の本質よ。ご大層な思想なんか、屑」と、わが妻は今ものたまう。

実際にナボコフ先生の講義を聴講していたという、ジョン・アップダイク氏の妻がそう言ったそうです。

そして、ナボコフ先生は言う。

P63 良き読者良き作家

芸術の魔法にどっぷりと身を浸すために、懸命な読者は天才の作品を心や頭で読まず、背筋で読む。たとえ読むあいだ、少々超然とし、少々私心を離れていなくてはならないとしても、秘密を告げるあのぞくぞくとした感覚が達現れるのは、まさにこの背筋においてなのである。

この「背筋で読む」という感覚。身に覚えがないでしょうか?

そう。その感覚です。

その感覚を味わうときに、その作品以外の知識や思想をほじくり返すことはなく、只々その作品とだけ向き合っているはずだと思います。

ナボコフ先生が教えてくれるのは、そういった文学との向き合い方です。


では、ぼくらはどう読めばよいか。

やはりまずは写経、あるいは何らかのかたちで真似することなんじゃないかなと思います。

読み方までは似ていると言った、岡田氏の態度として、先日ニコ生で非常に参考になるところがあったので引用します。

じぶん自身も、そういったところをすることはあって、大学生時代、川端康成「伊豆の踊子」や、そのほか芥川龍之介「羅生門」、井伏鱒二「山椒魚」などの全文写経をしていました。

本書の特徴でもある、その引用の長さ。

見開き1ページ、丸々引用の場合もあります。それは写経にも近い。純粋にその作品を楽しもうと思えば、その作品そのものが純度100%なわけだから、下手に作品の外側にある解釈を持ち込み倒すよりも、引用する方がよっぽどよいのだと思います。

こういった風に写経をしながら、気になったところはさらに図解してみる。

本書の中でも所々に、ナボコフ先生が実際に手書きしたノートの資料が見られます。

カフカ「変身」の中で、グレゴール・ザムザがなった「害虫」とはどんなものであったのか。スティーブンソン「ジキル博士とハイド氏」のジキル博士の家の間取りはどんなであったか。あるいは、マルセル・プルースト「ユリシーズ」では、ブルームとスティーブンがどう移動していたのか。

そういった、ただ文字面を辿るだけではわかりづらい事柄を、絵に書くことで、よりその文学作品について知ることができます。

「図解」というと、誰か他人に伝えることが前提かのように思われるかもしれないけれど、実際は自分自身が理解するためにも使えます。当たり前かもしれないけど、意外とやっている人は見かけない。

絵を書くといっても、別に芸術作品をつくるわけでもなく、サクッとじぶんだけが理解できればよいのですから、一度試していただけるとよいと思います。

ただそれをする前に、よろしければまずは、気に入った作品の写経から。


おわりに

さて、「週一」文庫を謳っておきながら、丸一ヶ月かけて読んでいました。

何百冊も読むよりも、数冊を丁寧に丁寧に読み込んでいく方がよい。なんてことを耳にします。でも大概は、一回読んだら本棚に飾って、二度と手にとることが無いなんて方が普通だと思います。

普段はされでよいと思います。

でも幸運にも「これは!」と思える作品に出会ったときには、ただ読み返すとかだけでなく、ナボコフ先生のような読み方を事前に知っておくことが、より深く楽しむ歩みを進めることに繋がると思います。

まずは写経からぜひに。


補足

本文中で取り上げた「岡田氏のアニメ語り」をご存知無い方は、ぜひニコ生もしくはYouTubeをご覧ください!


今週の書籍はコチラ▼



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毎週1冊の文庫もしくは新書を読み、その本の中でじぶんが一番おもしろいと思ったところを引用しながら、「なぜおもしろいと思ったのか?」を踏み込んで解説。 いわゆる書評ともちょっと違う、単純に読書をもっと楽しむための連載note

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