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#週一文庫「食品サンプルの誕生」 (ちくま文庫)野瀬 泰申

一番おもしろかったのは、P27-28

商売は日毎に順調に進んでいった。制作する一方から捌けていくのである。食堂にはかつて料理模型の外交員から教わった貸付という方法を採った。ろうは熱や直射日光に弱い。いつかは形をくずしたり変色もする。日を決めて出張して行き掃除や修繕、着色を施すと製品はまた新しくよみがえる(中略)
現在もサンプルは販売ではなく貸し付けが主流である。この商法は瀧三が本格的に採用して今日に至っているが、発案者は瀧三ではない。瀧三に先駆けてのサンプルの仕事を始め、問題の外交員を雇っていた「だれか」である。あるいはその前にもうひとりの「だれか」がいたのかもしれないが、探り当てる術は今のところない。
ともかくここでは瀧三が採用した貸し付けという方法が今日のサンプル業界のスタンダードになっていることを確認しておこう。
 ところで貸し付けするにしても瀧三はどうやって料金を決めたのだろうか。次男の稔氏(株式会社「岩崎」会長)はこう教えてくれた。
父はね、1カ月の貸し付け料を本物の一〇倍にしたんです。一〇銭のうどんなら一円。毎日、本物を飾ると1カ月三〇杯が無駄になる。一〇杯分の料金で模型を置けば、二〇配分が浮きますよ、と説得してお客を次々に開拓していきました

ここには、2つのおもしろいことが練り込まれています。

一つは、食品サンプルは、売り切りではなく、貸し付けのビジネスモデルであったという発見。もう一つは、その貸し付け料金の設定の仕方です。

食品サンプルは「貸し付け」ビジネスモデル

この本を読むまで本当に知らなかった。飲食店の入り口に食品サンプルの置かれているのを見るときは、あまりそんなことまでは気にして見ていなかっから、自然と売り切りのものであると勝手に思っていた。

けれども、実際のところは貸し付けだというのだから驚きです。

なぜ驚くのか。理由は幾つかあります。

1つ目は、料理店ごとに食品サンプルだって異なるはずで、量産のできる種類は少ないのだから、一つあたりの原価がどうしたって高くなるはず。

つまり、「1点モノ」が数多く存在するということ。

「1点モノ」の食品サンプルをつくるのに、原価が幾らなのかはわかっていないけれども、提案~修正・実製作、そしてそこにかかる人件費を考慮すると数十万円はするんじゃないかなと勝手に思います。

となると、原価の回収を確実に行うには、1点1点いくらであるかを示して、それに利益を乗せる方が安全なのではないでしょうか。

貸し付けモデルであるとするなら試算して、

仮に、1点1,000円のメニューの1ヶ月の貸し付け料は、(前述の計算に則るなら)10,000円。

仮に1点の食品サンプルをつくるのに、人件費等々込みで30万円かかったとすると、最低でも30ヶ月(=2年半)はかかることになるのだから、リスクが大きい商売の仕方だなあと思ったのです。

それでも、「ぜひ借りたい!」という料理店が多くあって、長くご愛好いただければ、原価回収後は非常に効率のよいビジネスにはなってくる。

今、街で見かける料理店に多く食品サンプルの展示されている様子を鑑みると、上手く行っていることがよく伺えるのだから先見の明があるなあと思う次第です。


料金設定は、口説き方とセットで考える。

一〇銭のうどんなら一円。毎日、本物を飾ると1カ月三〇杯が無駄になる。一〇杯分の料金で模型を置けば、二〇配分が浮きますよ

この口説き方は巧いなあと思う。

ポイントは、ターゲティングが効いてることと、買い手メリットなところ。

この口説き方は「本物を飾る」お店の悩みを的確に捉えているなと思うところがよいのです。「本物を飾る」お店であれば、確かに何日も同じものを置いておくわけにはいかないから、その日その日で、飾っていたものは廃棄しなければなりません。毎日モッタイナイ。でも食品サンプルなら腐ることはないし、型崩れもそうそうには起きないでしょうから、その問題を解決することができる。

それに、外食店同士に繋がりがあれば、必然的に同じ悩みを抱えているでしょうから、何かの拍子に紹介してもらえるかもしれない。これも、悩みにフォーカスしている口説き方ならではのお得なところだと思います。

そして、何より口説きにかかる自分自身にとっても良いです。

だって、この口説き方が使えるのは「本物を飾る」お店に限るわけなのだから、「次はどこのお店に営業をかけよう......」なんて悩みを持たずに済むわけです。道を歩いているときに、「本物を飾る」お店に出会ったら、同じようにして口説きにかかればいいわけです。

無差別に電話をかける電話営業なるものも世の中にはたくさんあるかと思いますが、あの営業スタイルの美しくないと思うのは、誰彼構わず同じように「〇〇についてご案内を差し上げたくお電話申し上げました」と始まるところです。

別にじぶんはターゲティング万能論者ではないので、「ターゲティングをすべきだ」と語るつもりもないのですが、口説かれる側としては、「たしかにそれはよいかもしれない」と少しでも思える耳寄りな情報であった方が、嬉しいものだと思うのです。


誰かが遺さなければいけない。

P214 第4章 食品サンプルの技術
技術の伝承と改革 引き継がれるもの作りの心

食品サンプルは微細な技術の集積である。だが、まえがきにも書いたように、ひとつひとつの技術がいつだれによって生み出されたのかという、いわば「技術史」がほぼ完全に欠落している。(中略)今回、口絵で、イワサキ・ビーアイのみなさんにかつての手法も再現してもらったのは、消えゆく技術を書き残しておくべきだと考えたからだった。

学校で教えられるような学問については、誰がそれを考えたのか。どのような経緯でそれを思いついたのか。その人物がどういった経歴を持つものであるのか。なんとなくには記録が残っていて、それらのまとまったものが教科書となって存在している。

でも、商業の分野においては、それのなされていることというのは必ずしも多くないのだろうと思う。

じぶんの属している広告の分野は、他の業界に比べれば参考書類が書店に並んでいて、学ぶにあたって恵まれている方だとは思います。でも、それでも実際に働くうちに学び、身についたスキルのなかには、書店に並んでいるものとは異なっていたり、明文化が難しいものも多く存在しています。

そういったものを無くなるがままにしてしまうのは、月並みですが「モッタイナイ」ことだと思います。できる限りそういったものも、後世に遺していきたいと思います。いずれ遺ったものが、何らかのヒントになることだってあるかもしれません。

櫻田ラボで学んだ図解の力は、こういったことに活かすことができればと願っています。じぶんにとって手の届く範囲の、好奇心が向いた先の物事については。



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毎週1冊の文庫もしくは新書を読み、その本の中でじぶんが一番おもしろいと思ったところを引用しながら、「なぜおもしろいと思ったのか?」を踏み込んで解説。 いわゆる書評ともちょっと違う、単純に読書をもっと楽しむための連載note

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