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黎明の蜜蜂(第10話)

月曜日の朝、結菜はいつもより早めにオフィスに着いたが、部次長以下、主だった人たちの姿はすでになかった。午前中の取締役会で経営改革案をプレゼンするにあたって、ミーティング・スペースで最後の打ち合わせに入ったのだろう。

小手提げ袋に入れた貴重品を机の右引き出しに入れると8時になったのを確認して、結菜は席を立つ。エレベーター横の階段を上がる。7階、8階と昇り、すぐ横にある秘書室のドアをノックした。

中からドアが開かれたので所属と名前を告げる。
 「ご苦労様です。今日使う資料は人数分コピーできています」
 案内され中に入り、資料の山をその若手秘書と半分ずつ持ち、言われるままについて歩く。役員会議用の部屋は廊下の中ほどにあった。役員室はその奥だ。

 「ネームプレートを置いてある席に資料を一部ずつ配ってください。私はこちら側を行きますから、櫻野さんはそちら側をお願いします」
 ボディランゲージで方向を示しながら秘書は資料を楕円形の長テーブルに置き始める。結菜も見よう見まねで資料を配りだした。

マイクに当たらないように、とか、あまり手前過ぎても、とか考えながら一部ずつ置いていくが、自分の分を素早く済ませた秘書が結菜の後ろに回って資料の配置を一つ一つ正していった。

「これで結構です。ありがとうございました」
丁寧で無駄なく、かつ愛想なく作業終了を宣言され、結菜は「では、失礼します」と頭を下げ部屋を出た。彼女は役員や来客には笑顔を見せるのかな、と思いながら階段を下りる。

午前9時10分前にミーティング・スペースの衝立の脇から部次長と間島、片山ら数人が現れ、そのまま結菜の側をすり抜けてエレベーター・ホールに向かっていく。手には今朝結菜が役員会議室で配ったのと同じ資料を一部ずつ持ち、職階、年次順にきれいに並んで歩いて行った。

 12時を少し回ったところで彼らは戻ってきたが、待っていた部員には何も知らされない。昼食を挟んで午後も会議は続いたようだが、何かまとまったのかどうかさえ、結菜のところまでは聞こえてこなかった。

例の飲み会が今夜もあるので、そちらに期待しよう。結菜は目前のパソコンを覗き込み、取り掛かり中の仕事に戻った。
                     (第11話へ続く)
黎明の蜜蜂(第11話)|芳松静恵 (note.com)

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