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賃金、2300円…。なぜ、こんなにも作業所工賃は低いのか?ー当事者目線の解説と展望

先日、このような記事↓があったので、本稿では、”就労継続支援B型”(いわゆる”作業所”、以下そのように記述)の実状について、解説します。

賃金は1500円。

時給ではないです、もちろん。
日当でもないです。
月給なんです。これは。

信じがたいですよね。労働搾取か、あるいは奴隷制度か、と思うのが常識的感覚でしょう。1日の仕事が終わっても、缶コーヒーの1つも飲めません。

なぜ、こんな金額になってしまうのかというと、別に経営者が利益を搾取しているわけではなく(もちろん、専任ですから、自分で食べていける程度の給料はもらっていますが)、売上から施設の運営費・固定費や職員の人件費を引くと、それくらいしか残らないのです。

考えられる原因は二つしかありません。
利益=売上(-)費用、ですから、売上が低いか、費用が大きいかのどちらかです。費用は、一般の事業所並みです。即ち、売上が異常に低いのです。

売上が異常に低い理由

では、なぜ、売上が文字通り桁違いに低いのでしょうか。
それは、受注した仕事の価値がそれくらいしかないからです。

例えば、私が、精神保健福祉士の現場実習でやったことは、自動車部品のシールを手作業で剥がすことでした。その他の事例としては、包装作業やデータ入力などがあります。

はっきり言いますが、これ、お金になると思います?ビジネスとして、成立すると思います?
そんな仕事は、今どき、クラウドワークスとかビザスクとかで、いくらでも短納期であります。
顧客企業が自働化してしまえば、その仕事の需要は蒸発します。

それをこの人たちは、その何倍、いや十倍以上の時間をかけてやることもあります(それが良いとか悪いとかいう、価値判断の話ではありません)。それがビジネスになるかというと、非常に難しいと言わざるを得ません。それが現実なのです。

作業所の社会的意義

端的に言うと、作業所は、お金を稼ぐことが目的ではなく、仕事ができるように心身をトレーニングすることが目的だからです(だから、最低賃金の対象にならない)。ところによっては、「居場所の提供」などとしています。ハナから、「稼ぐ」という概念はないのです(善し悪しの問題ではありません)。

我々、職員は『やりがい』や『達成感』という曖昧な言葉で、問題から目を背けてはいけません。『仕方がない』にせず、『どうすれば』に発想や意識を変えていく必要があります。
(上述記事本文より)

作業所職員の方ががんばって、高単価の仕事を取ってくる努力も必要ですが、職員の個人的な能力で、作業所の工賃が極端に上下することは、本来は望ましくないことです。なぜならば、模倣性がないからです。その職員がいなくなってしまえば、工賃は元どおりの水準に戻ってしまいます。

【参考】

閑話休題

私が新卒で入ったIT企業は、面白い仕組みがありました。

休職上がりの社員は、間接部門(郵便物の仕分け、備品管理など)にまず配属します。四半期〜半年〜1年くらいを基準に、前の仕事に戻れるように訓練し、戻っても大丈夫だと確認された場合に、元の仕事に”上がる”仕組みでした。
”上がる”という言葉に引っかかる方もいらっしゃると思いますが、その仕事のフロアは1階で、通常勤務のフロアは2階以上でしたので、文字通り「上がる/下がる」でした。
(ちなみに、状態がもっと悪いと、社内ごみの仕分けなどの肉体労働が、地下のスペースにありました。文字通り、”地下作業”です。)

これって、社会の構図そのものなのだと感じます。
この仕組みは、作業所など、就労継続支援事業所の勤務システムを反映しているものと言えそうです。そういう意味では、作業所などは一定の社会的意味を持つと言えるでしょう。

私は、障害者雇用のキャリア相談は、お受けしていません。

これは以前にも書きましたが、それが、キャリア形成上、とても危ういものだと知っているからです。

一定規模以上の企業には、一定割合(”法定雇用率”)以上の障害者を雇用することが、法律で義務付けられています。
もちろん、障害者雇用に理解のある積極的な企業もありますが、企業によっては、ハローワークに求人票を塩漬けしているだけのところもあります(私が知っている中でも、一部上場の超有名企業があります)。
従って、障害者枠での就労と一般就労とは、大きな差があります(優劣の問題ではありません)。障害者枠での就労と一般就労を、同時に目標にするのは適切ではありません(だからと言って、病状が十分に回復していないにも関わらず、障害非開示で再就職することは、とてもリスキーなので非推奨です)。もちろん、身体障害など、障害が固定化している場合には、障害者枠での就労が有効な働き方であることは、論を待ちません。

本当に、”働く”必要はあるのか?

「働かざるもの、食うべからず」という言葉があります。
しかし、これは健常者の話です(ここで、「健常者と障害者を分断している!」という議論はしません)。

私は、昔、こういうことを言われたことがあります。

あなたが、あえて障害者申請を行い、障害者2級の認定を得、年金受給権を得たということは、すなわち生涯にわたり、憲法上に定められている「就労の義務」から除外の対象となったことを意味し、それとは別のところで人生を作り直す必要があります。
(太字引用者)

我々支援者は、自らの原点に立ち戻る必要があります。

”働くこと”は、本当に必要なことなのでしょうか?
その人の人生です。働くことは、社会参加の絶対条件ではありません。仕事後のビール1杯、どころか、缶コーヒーも飲めないような条件で、労働を提供することに、本当に意味があるのでしょうか?

もちろん、就労支援の必要性は否定しません。
確かに、就労によって社会参加の意義を得ることの意味は、大きいと思います。身近な人以外の誰かに必要とされ、その価値を提供することは、大きな意味を持つものでしょう。
しかしながら、作業所の対象となる全員に、就労をゴールにすることが、果たして、適切な支援なのでしょうか?
単なる収入の話ではなく、望まずにして障害を持った人が、どうライフキャリアデザインをするのかが、大事なのではないでしょうか。そこを考えずに、工賃の安い/高いを議論しても、虚しいだけだと私は思います。


それではまた、次のコラムでお会いしましょう。

◇◇◇

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精神科キャリアコンサルタント。精神保健福祉士、国家資格キャリアコンサルタント・CDA、認定オンラインカウンセラーなどのライセンスを元に、メンタル疾患からの復職を目指す方の、キャリア構築支援をしています。 サービス受付ページ→http://www.s-yam-gucci.jp
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