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おたねさんちの童話集 「ムササビ・ビリー」

  ムササビ・ビリー
 
 ビュンビュン飛んでいる。
 ムササビ・ビリーが飛んでいる。
 真っ暗闇の森の中、ムササビ・ビリーが飛んでいる。
 両手両足いっぱいひろげ、おまけにシッポもいっぱいひろげ、ムササビ・ビリーが飛んでいる。
 杉の木、樫の木、クヌギの木、枝から枝へと飛んでいく。
「見て見ろ!こんなに遠くまで、おいらは空を飛べるのさ」
 真っ暗闇の森の中、ムササビ・ビリーが胸を張る。どんなものさ!と胸を張る。
敵より遠くへ逃げられるよう、木の実をたくさん食べられるよう、ムササビ・ビリーは頑張ってきた。小さい頃から頑張ってきた。
 厳しいパパに叱られた日も、優しいママにほめられた日も、毎日、空飛ぶ練習をした。
「見て見ろ!こんなに遠くまで、おいらは空を飛べるのさ」
 真っ暗闇の森の中、ビリーは今日も胸を張る。どんなものさ!と胸を張る。
「ねえねえ、教えてビリーくん」
 モモンガのチョロリが聞いてきた。
「僕も、遠くへ飛びたいけれど、小さい体じゃムリなのかなあ?」
「いやいや、みんな、頑張れば、きっと遠くへ飛べるはず!」
 ムササビ・ビリーは嬉しくなって、いろいろチョロリにアドバイスした。
「両手両足いっぱいひろげ、シッポもしっかり使うのさ!」
 モモンガのチョロリはうなずいて、一生懸命練習だ!
 だけど、なかなか難しい。
 近くの枝ならたやすいけれど、なかなか遠くへ飛んではいけない。
 小さい体じゃ、やっぱりムリだ。モモンガのチョロリは泣き出した。
「練習したって、同じだ。ムササビだから飛べるんだ。小さい体はムリなんだ。小さいモモンガなんだから、練習したってムリなんだ。シッポだって全然違う、ムササビのシッポはひろがるけれど、モモンガのチョロリはムリなんだ」
 ムササビ・ビリーも泣きたくなった。そんなつもりは、なかったけれど、泣き出すチョロリの隣にいたら、なんだか、とっても悪いこと、たくさんやってしまったみたい。
 ムササビビリーは、逃げ出した。
 そんなつもりじゃなかったけれど、泣きたくなって逃げ出した。
「ねえ、ねえチョロリ、どうしたの?」
「ねえ、ねえチョロリ、どうしたの?」
 あんまりチョロリが泣くもんだから、リスの仲間があつまってきた。
「どんなに、どんなに練習しても、ビリーみたいに飛べないの!」
 モモンガのチョロリはまた泣き出した。
「そんなの、どうでも良いじゃない!」
 リスのみんなは笑い出す。
「だって、モモンガ・チョロリの方が、ビリーなんかよりも、よっぽど可愛いよ!」
 リスのみんなはまた笑う。
「僕らも空は飛べないけれど、ぜんぜんぜんぜん困らない。木登りだったら僕らの方が、ダンゼンダンゼン上手だし!僕らも空は飛べないけれど、ダンゼンダンゼン上手だし!」
 リスのみんなの大合唱!
 モモンガのチョロリも笑い出す!
「ビリーが空を飛べたって、鳥にはダンゼンカナワナイ!ビリーがどんなに頑張ったって鳥じゃないからカナワナイ!」
 リスのみんなの大合唱、森の奥まで響いたよ。
「ビリーが空を飛べたって、鳥にはダンゼンカナワナイ!ビリーがどんなに頑張ったって鳥じゃないからカナワナイ!」
 リスのみんなの大合唱、ムササビ・ビリーも聞いてたよ。
 ムササビ・ビリーは下を向く。涙を出さずに下を向く。エンエンエンエン泣きたいけれど、ムササビ・ビリーは下を向く。
 誰にも涙は見せないで、ムササビ・ビリーは下を向く。
 なんだか空を飛ぶ気にならず、ズルズルズルズル地面におりた。
 なんだか空を飛ぶ気にならず、トボトボトボトボ暗闇を歩いた。
 ……鳥にはダンゼンカナワナイけど、リスたちみたいに可愛くないけど、それでも、精一杯に空を飛んでいた。真っ暗闇の森の中、両手両足いっぱいひろげ、おまけにシッポもいっぱいひろげ、精一杯に飛んでいた。鳥にはダンゼンカナワナイけど、ゼッタイ鳥にはなれないけれど、それでも空を飛んでいた。精一杯に飛んでいた。
 ムササビ・ビリーは歩いていた。真夜中の道を歩いていた。
 シッポをズルズル引きずって、ひとりトボトボ歩いていた。
 星空は、木の上よりも、ちょっぴり狭かった。それから、ちょっぴり滲んでいた。
「あーあ、なんだか嫌な空!」
ムササビ・ビリーは、あんまりあんまり悲しくて、ちょっぴり声を出してみた。
 さっきと同じ、狭い空。
 ムササビ・ビリーは寝転んで、滲んだ空を眺めたよ。
 虫の歌と風の音、真っ暗の雲が流れていた。
 そうして、真っ黒な雲が流れていって、滲んでいない星空が現れたとき、ムササビ・ビリーは、「アッ」と叫んだ。
 目の前を横切る黒い影、ムササビじゃなくて、コウモリだった。
「ねえねえ、コウモリさん。あなたは悲しくならないの?」
 ムササビ・ビリーは聞いてみた。
「そりゃ、だれだって、悲しくなることもあるだろうけど、普段はたのしいことばっかりだ!」
 コウモリさんは、笑って答えた。
「でも、どんなに、空を飛ぶ練習をしても、ゼッタイに鳥さんみたいには上手には飛べないんだよ」
 ビリーは、ちょっぴり口を尖らせてた。
「どうして、鳥さんと比べるの?飛びたいところへ飛べたら、それで十分じゃないか?」
 コウモリさんが、静かに答えた。
「あとね、僕って可愛くないのかな?」
 ビリーは、小さな声で聞いてみた。
「さあ、どうだろう」
 コウモリさんは首を傾げた。
「そんなの、僕に聞いてもわからない。だって目が見えないだから」
「えっ!何も見えないの!」
 ビリーはビックリしてコウモリさんを見た。
「いいや。光は見えないけれど、音は見えるよ」
「ぜんぜん。意味がわからない」
「そりゃ、わからないはずさ。同じ世界でも、みんな見え方が違うんだから」
 ビリーは、じっとコウモリさんを眺めた。
「僕だって、鳥みたいに飛びたくて、必死で練習したことがあるよ。でも、鳥にも動物にも見えないって嫌われた。それで、誰とも会いたくなくて、毎日、暗闇を飛んでいたら、いつの間にか、こんなふうになっちゃった。でも、それでも、僕は僕だ。必死で頑張ってきたら、鳥みたいに飛べるようになったし、他の動物たちとは違う世界も見られるようになった。今は、そんな自分が大好きだ。だから、悲しいことより、楽しいことが、やっぱり今もたくさんあるよ」
 コウモリさんはそう言って、ニヤリと笑って飛んでいった。
 コウモリさんは暗闇のどこかへスーッと飛んでいった。
 ムササビ・ビリーは飛びたった。
 真っ暗闇の森の中、ムササビ・ビリーが飛びたった。
 両手両足いっぱいひろげ、おまけにシッポもいっぱいひろげ、ムササビ・ビリーが飛びたった。
 ムササビ・ビリーはムササビだ。
 ビュンビュン飛べばいい。
 ムササビ・ビリーは、飛べばいい。
 杉の木、樫の木、クヌギの木、枝から枝へと飛べばいい。
「ねえねえ、ムササビ・ビリーくん」
 モモンガのチョロリがやってきた。
「さっきはゴメンね。ビリーくん。せっかく、教えてくれたのに」
 モモンガ・チョロリがあやまった。
「いいさ。いっしょにまた、あそぼ!」
 ムササビ・ビリーが笑顔を見せた。
「ムササビ・ビリーは、かっこいい!やっぱり一番かっこいい!」
 モモンガ・チョロリも笑顔を見せた。
 ビュンビュン飛んでいる。
 ムササビ・ビリーが飛んでいる。
 真っ暗闇の森の中、ムササビ・ビリーが飛んでいる。
 両手両足いっぱいひろげ、おまけにシッポもいっぱいひろげ、ムササビ・ビリーが飛んでいる。
 杉の木、樫の木、クヌギの木、枝から枝へと飛んでいる。

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