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おたねさんちの童話集「ツバメのメイト」

ツバメのメイト
 
「お兄ちゃん、もうすぐだね!」
 ツバメのメイトは胸をワクワクさせながら言いました。だって緑に輝く島々が見えてきたのですから。
「ああ、もうすぐだ。あの一番大きな島を越えたら、俺たちの産まれた故郷だ」
 ケイトお兄ちゃんもやっぱりどこかうれしそうです。ここ数日降り続いた雨も止んで、まるで故郷が僕たちを歓迎すてくれているようようです。
「お兄ちゃん!見て!見て!あれ!あの大きな橋、ボク絶対、あの大きな橋に見覚えがあるよ」
「ほんと、オレも覚えているよ。だったらあの高いビルも覚えていないかい?」
「あるある。そうだあのビルだよ!やっと着いたんだね」
「そうともやっと着いたんだ!」
「でも、僕らのお家はまだ見えないよ」
「そうだね、もう少し飛んだら見えるんじゃないかな」
「あの公園は、もしかしたら、あの公園?」
「そうだ。あの大きな滑り台のある公園だよ。だから、生れた家は、たしかあの公園の西側だったはず……」
「お兄ちゃん、もしかして……」
「ああ、残念ながらそのもしかして……だ」
 なんとツバメのメイトたちが生まれた民家は、駐車場になってしまっていたのでした。
 ツバメのメイトたち兄弟が生まれたのは、去年の初夏のことでした。梅雨に入って、毎日雨が降り続いても、パパやママはメイトたち兄弟のために、エサを運んでくれました。古い木造の民家は、埃っぽくて雲の簾家だったけれど、人間のおじいちゃんも、おばあちゃんも、とっても優しくしてくれました。
 巣から出ていくのが怖くて、下を向いて震えていたメイトに、「頑張れ!」と声をかけてくれたり、巣のまわりのクモの巣をはたきで取り払ったりもしてくれました。
 去年のことなのに、どんどんと懐かしい思い出があふれ出てきます。
 でも、そのお家が、今はありません。
 大好きだったお家がなくなっていたなんて!メイトたち兄弟は必死に涙をこらえました。
 「まあ、いいや。どっちみち、新しい巣を作るつもりだったし、まだ木造の民家はほかにもたくさんあるし……」
 メイトは、少しひきつった声でそう言いました。
「ああ、そうだな。オレも新しいお家を探すとするよ」
 ケイトお兄ちゃんの声も、なんだか引きつっているように思えました。
 けれども、いつまでもそんな感傷にひたってばかりはいられません。メイトたちは、すぐに新しい巣の作れる民家を探し始めました。
 空から詳細に街を眺めると、去年とはずいぶんと様子が違うことに気が付きました。古い民家がずいぶんと少なくなって、駐車場になっているところは多くありました。
 それから、公園にも去年ほど人間の子供たちはいないようにも、思えました。
 「なんだか、さびしくなったような……」
 ツバメのメイトは、ブツブツと独り言を言いながら、住みやすそうな民家を探しました。
 「よし、ここにしよう!」
 それは、メイトたちが生まれた巣のあった民家と、おんなじくらいの大きさで、やっぱり同じくらい古ぼけた民家でした。
 ツバメのメイトはさっそく巣作りを始めました。
 せっせと枯れ草や泥を口にくわえては、唾液を混ぜ合わせて、木の壁にくっつけていくのです。何度も何度も、ツバメのメイトは近くの田畑と巣を作っている民家を往復しています。
でも……。
 「ちょっと!あんた!どこに巣を作っているのよ!ここは私が産まれた民家なのよ!ここは私が巣を作るって決まっているの!さっさと別の場所へ移動してちょうだい!」
現れたのは、ぼっくりするくらいに気の強いメスのツバメでした。
 ツバメのメイトが黙っていると、永遠にすっごい勢いでしゃべり続けているみたいです。
 あんまり悔しいものですから、メイトも言い返しました。
「嫌だよ!もうここまで作っているし。だいたい、そちが来るのが遅いんだろ!」
 すると、さっきまで、あれほど威勢の良かったメスのツバメが、涙目になっていきました。
「私だって、早くこのお家に戻ってきたかったさ。まさか、こんなに街並みが変わっているなんて思わなかったから。
 メイトたちは、目印になる公園が残っていたからすぐに生まれた場所がわかりました。でも、あの公園が残っていなかったなら、ずっと生まれた場所を探し続けていたかもしれません。
 メイトはだんだんかわいそうに覚えてきました。
「だったら、一緒にここに住めばいいじゃないか」
「メスのツバメは涙目のまま顔を上げてにっこりしました。
「ボクはメイト!君は?」
「私?ずっと一羽で飛んでいたから…。でもパパやママには、子供の頃、ピリイって呼ばれていた」
「こんにちは、ピリイ!」
メイトは優しい声でそう言いました。
「こんにちは」
ピリイも、少し恥ずかしそうにそう答えました。
メイトとピリイの巣が出来上がった頃、ピリイは僕たちの卵を産みました。全部で五つの卵でした。
 やがて
梅雨を迎えるころ、僕らの生活は、とても慌ただしいものとなっていました。だっておなかをすかせて赤ちゃんのために、ずっとエサを探して飛び回っていたのですから。パパやママも、きっとこんなに忙しい思いをして、僕らを育ててくれていたんだ」
 メイトは精いっぱいに低空飛行をしてたくさんの虫たちを探しました。
 それは、充実した毎日でした。どれほど忙しくても、五羽のヒナたちは可愛くて、そうして、どんどんと成長する姿を見ているだけで楽しく思えたからでした。
 でも、それは突然にやってきました。台風でした。ふだんなら秋にならないとやってこないのに、今年は珍しくまだ八月にもなっていないのに、やってきたのでした。しかも、超大型の台風です。メイトとピリイは子供たちと肩を寄せ合って震えています。
屋根瓦や看板やら、いろんなものが風に吹き飛ばされていきます。
 「大丈夫だ!パパがついているから、絶対に大丈夫!」
 メイトは、自分も恐ろしいくせに、精いっぱいの勇気を振り絞って子供たちを抱きしめました。幸いにも巣には直接風があたりません。
 メイトとピリイは、子供たちと一緒に夜が明けるのを待ちました。
 それは、すごい光景でした。あたり一面の茶色です。どうやら近くの川が氾濫したみたいです。
 民家に住んでいる人間のおばちゃんが呆然と、抹茶色の世界を眺めていました。
 これから、どうなるんだろう……と、メイトが頭を抱えた時、「パパ!子供たちがおなかをすかせているから、さっさとエサを探しに行ってちょうだい!」
 ピリイの声に、メイトはハッと我に返りました。
 「そうだ、どんな状況でも、ボクのすべきことは変わらない」
 メイトは、泥にまみれた木々の間を飛び回って、子供たちのエサとなる昆虫を探し始めました。子供たちはまだ、おびえてはいましたが、それでもエサを口に入れると少し元気になったようでした。茶色い世界も、人間たちが少しずつ綺麗にしていっています。
「ピリイ!来年、子供たちがこの町に帰ってくる頃には、この町はどんな町になっているかな?」
 「さあ、どうでしょうね。でも、どんな町になっていても、私たちの産まれたふるさとってことは変わらないわ」
 「そうだね」
 空の向こうには大きな半円の虹がかかっていました。もうすぐ、子供たちが巣立っていく季節です。おしまい。

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