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【あれから5年】内定先の社長が失踪したから起業した

みなさんはじめまして、株式会社Solferiona代表取締役の菊地将と申します。写真は大学4年の時の文化祭です。この翌月に内定先の社長が失踪して就職先がなくなったので、さらに次の月に起業しました。

俗に言う20代社長というやつですが、熱い思いを胸に友人と学生起業したわけでもないですし、跡継ぎや2代目でもないですし、どこかの子会社でもないですし、流行りのVCから資金調達クラウドファンディングでもないです。

お金も人脈もスキルもない、ほぼ全裸のような状態で起業しました

あれから5年の月日が流れまして、創業時の僕は大学4年生、当時の事務所はマンションの一室でしたが、今はアラサーで港区芝大門のオフィスビルで20名程の従業員たちとわいわいやってます。

昨年9月からTwitterで会社の情報を発信し始めました。このnoteでは「何もないところから、誰も助けてくれないところから、どうやって会社って大きくするんだろう」という、あの時の僕が欲しかった情報を発信していこうと考えています。

これから起業する方、何かに挑戦しようと思っている方、「おもしろいな」と思った方はハートボタンとフォローをお願いします。もし多くの方に見ていただければどんどん更新していきます!

はじめまして!菊地将です!(自己紹介)

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あらためましてソルフェリオーナの菊地将です。写真は大学2年生の夏、どこにでもいるような普通の大学生でした。意外と身動きしづらいですよね埋められると。

■菊地将の簡単なプロフィール
生年月日:1992年2月4日
出  身:横浜市旭区
最終学歴:成蹊大学 法学部 法律学科(2浪)
身  長:182センチ
体  重:75キロくらいになりたい
部  活:サッカー部(小中高)
趣  味:ジム、お酒、PS4(Fortnite、DBD)

好きなお酒はレモンサワーだったりハイボールだったりワインだったり、一丁前に何を食べるかで飲むお酒を決めるタイプです。大学時代は学内で一番大きなサークル?団体?の代表をやってました。

タイトルにもある通り、起業したきっかけは内定先の社長が失踪したことでした。つまり社長になったのは大学4年生の1月、2浪してから入学したので23歳の頃です。

16卒として就活→内定先の社長が失踪

ちなみに就活は普通にしてました。誰からも命令されたくないけど「安定、高収入、モテる」これが約束されるのであれば就職もありというのが就活の軸でした。

5社だけその条件を満たす会社があったので受けてみましたが全滅。とても極端な性格なので就活の軸は「ベンチャーに入って社長の座につく」になりました。

そして2期目のベンチャー企業へ、社長は同年代の方、入社が決まったのは10月でしたが基本的に連絡は返ってこなかったので、もしかしたらこの時には決まってたのかもしれませんね、12月に倒産したことを知りました。

もう卒業まで3ヶ月しかないし、内定もらっても倒産されたらどうしようもない、どうせ社長になりたいわけだから自分でやった方が早いじゃんという、やけくそ状態で起業を決意しました。

がむしゃらに動けばどうにでもなる(創業期)

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写真は最初の事務所、マンションの一室でした。便利な時代なので起業の仕方はネットに書いてありました。1月に登記して、2月は車の免許合宿に行って、3月から本格的に営業開始しました。最初に始めたサービスはネット上の風評被害対策、実は中学生の時に2chの真似事で地元の掲示板サイトを友達と運営してみたり、各種SNSでよくトラブルに巻き込まれていたので、この領域だけは元々詳しかったです。

免許合宿なんぞに行っているくせに、卒業式までにはどうにか軌道にのせたかったので、ホームページ、ロゴ、名刺、サービス資料はササッと作って、とにかく電話営業に全力を投じました。どうにか卒業するまでの1ヶ月で350万の売上を作ることができました。

まとめるとこんな感じでした。

・商談4件/日
・テレアポ200コール/日
・営業時間は9:00〜26:00
・時間節約のためにWEB会議を導入
・昼飯はコンビニで買って事務所に帰るまでに完食
・風呂入りながら一人でロープレ
・ド定番の事務所で寝泊まり

さらっとまとめてますが、この間にいろいろありました。人脈を求めて交流会に足を運んでみたり、低予算でWEBマーケをやってみたり。結局、地力をつけながら売上をあげるとなるとがむしゃらに営業するのが一番という結論にいたりました。

結果、1期目は3月〜12月で約3,000万円の売上で、10月にマンションの一室から品川区の雑居ビルに移転することもできて、役員も2人増えて、17卒の新卒も2名採用することができました。ただ、一体感はありませんでした。

【離職率100%】ビジョンが無い会社

そもそもそういうのが嫌いでした、〇年以内に上場とか〇〇の常識を変えるとかクチだけのかっこつけだと思ってました。とにかくがむしゃらに動いてきたので、むしろ「綺麗ごと言って現実逃避している暇あったら電話営業しろくらい思ってました。

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が、これでは会社は大きくなりません。1期目にマンションの一室から雑居ビルに移転した僕らが、次に移転できたのは5期目になってからです。

2期目の丸々1年間は、この写真の青い床の部分に寝袋を敷いて毎晩寝泊まりしてました。3期目までに入社した正社員は全員辞めていきました、残ったのはアルバイトスタッフひとりだけ。それでも肩書は社長でした。

そろそろこの雑居ビルから抜け出そう、次は綺麗なオフィスビルだ

転機は4期目でした。学生インターンを雇用し始めてどうにか人数を増やせるようになった当社で初めて出た目標です。年末には移転できました。

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ビジョンが嫌いな会社のビジョンマップ

昨年11月、毎日17時に仕事を切り上げて、メンバー全員で話し合って、全てを決めました。これは会社経営だけに言えることではないんですが綺麗ごとじゃメシは食えないし数字数字じゃ続きません。だからこそ、綺麗ごとと数字のバランスを取ることが大切だという結論に至りました。

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僕たちの事業は、風評被害対策事業、外国人人材紹介事業、社宅管理代行事業、無理やり共通点をあげるとすれば人事領域のサービスでしょうか。でも別に飲食でもいいと思ってます。大切なのは、なぜこのチームでやり続けたいと思ったのか、それだけだと思います。それをビジョンマップとしてまとめました。

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これからはこのビジョンマップをもとに進んでいきます。みんなが同じ目標に、同じ姿勢で、一緒に歩んでいく会社です。

今後、SNSで発信していきたいこと

ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。冒頭でもお伝えしましたが、僕はお金も人脈もスキルもない、ほぼ全裸のような状態で起業しました。だからこそ説得力を持って発信できることがあると思ってます。

僕は昨年の9月からTwitterを通して会社の情報を発信しています。それは、誰でも、いつからでも、何にでもなれるということを伝えるためです。

それを伝えていく過程で、僕たちソルフェリオーナに触れて何かためになったという方が少しでも増えればうれしいです。

これからnoteで発信すること
①本当にあった起業の話
(例)上場企業に「タダでやれ」と言われた話
②導入してよかったサービスやツール
(例)Excelでできることは全てkintoneで効率化できる
③新規事業の作り方
(例)競合の求人とクチコミを見れば事業は作れる

これからこのnoteやTwitterで、実際にあった生々しい体験を通して、挑戦したいと考えている人のお役に立てるような情報を発信していきますので、ぜひハートボタンとフォローをよろしくお願いいたします!最後までご覧いただきありがとうございました!


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株式会社Solferiona 代表取締役社長 港区にある6期目のベンチャー企業です 新規事業の立ち上げと採用をやってます