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ヤマさんのフルスイング

中学生の時の話。

当時所属していた野球のクラブチームに山田君という同級生がいました。
山田君は周りから『ヤマさん』という呼び名で親しまれていました。
下級生はもちろん、同級生や先輩、そして監督もです。

なぜ『さん』付けだったか。それはヤマさんの真面目さ、野球への取り組む姿勢にありました。
誰よりも大きな声を出し、常に全力疾走、そしてフルスイング。チームの誰もがヤマさんを敬いたくなる程に慕っていたのです。

そんな人格者のヤマさんでしたが、野球のプレーに関してはやや不器用なところもあり、控えに回っていました。

しかしヤマさんは当然控えであっても全く腐った様子は見せません。それどころか試合中はベンチから誰よりも大きな声で試合に出るメンバーを鼓舞してくれました。

そんなヤマさんがベンチから声を出す時、圧倒的に多様するワードがありました。
『ローボール』です。
これは文字通り、低い球を指します。

野球経験者であればすでに意図を読み取るかもしれません。
味方のピッチャーに対し、打者を打ち取りやすい低めにボールを集めろ。そういう意図が込められています。

しかしヤマさんは味方打者に対しても『ローボール!』と叫んでいました。
理由はチーム方針にあります。
当時のチームには“高めの球を振ってはいけない”という鉄の掟がありました。

高めのボールは相手ピッチャーの1番強い球になり、繋ぐ野球がテーマである私達のチームにとってそのボールを振る事は禁忌になるからです。

ですが『高めは捨てろ!』と指示を出すと打者は"高め“に意識が行き、かえって高めのボールに手を出してしまう。
なので徹底して高めを捨てる為に『ローボールを狙え!』と声をかけていたのです。
そこまで配慮し、声出しをするヤマさんの人柄の良さを改めて感じます。


そんなヤマさんとのお別れは突然やってきます。
中学3年生の春、親の都合で新潟へ引っ越してしまう事に。そして5月の大会がヤマさんと戦える最後の大会になりました。

もちろんこの大会で優勝を目指していましたが、2回戦で優勝候補のチームと当たります。
私たちは手も足も出ず、10点差をつけられて迎えた最終回の攻撃はツーアウト。
その時、監督が『ヤマさん行こか』とヤマさんを代打に送ったのです。

最も胸熱な展開。
私たちは今までの感謝の想いを込めてヤマさんに声援を送りました。
『ヤマさん!ローボールしばいたれ!』
全員がありったけの声でヤマさんを鼓舞し、私も目に涙を溜めながら叫びんでいました。

それは中学3年生の春でしたが、『高3の夏』と形容したくなる程に眩い瞬間だったと思います。


簡単に追い込まれたヤマさんの3球目。




『ズドン!』



フルスイングしたヤマさんでしたが、無情なミットの音が響きました。

そしてそのミットは...ヤマさんの顔の高さにありました。

そうです。相手バッテリーの釣り球(極度の高め)に手を出し三振してしまったのです。

悔しさ混じりのゲームセットでしたが、なぜか僕の涙腺は閉じてしまった瞬間でした。

そしてラストボール後の『しまった!』というヤマさんの悲痛の叫びは15年近く経った今でもしっかりと耳に残っています。

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