もう少し、アインシュタインの思考を理解するためにアインシュタイン「人生最高の思い付き」と「人生最大の失敗」を、ひゃまの飛んでもない光の相対論を絡めて見通しを良くしていきます。例によって追記追記で書いていきますので、更新をチェックしながらみてください。
飛んでもない光の相対論では
の意味は、「相対性原理は等価原理に依存する」ということで、
相対性原理に光の運動量の等価原理を要請することにより、非平衡な膨張宇宙におけるお互い様の時間の遅れと、双子のパラドックスを完全に説明する。
1905年 特殊相対論で座標の物理的解釈の導入
晩年のアインシュタインは、当初の特殊相対論に数学的公理を導入したことを振り返り、
この最初のボタンの掛け間違い(アインシュタインは非対称な世界から慣性系が発生する可能性を見出していなかった)が、ずっと続いており、
1911年 一般相対論で人生最高の思い付きの導入
最初の見直すチャンスは、特殊相対性理論➔一般相対性理論の重力を考慮するときに「人生最高の思い付き」といったアインシュタインの等価原理の導入により、ガリレイと特殊と一般に相対性原理が別れてしまった。
むしろ近日点移動などは、ガリレイの相対性原理で説明されるべきものである。
1931年 一般相対論宇宙項脱着は人生最大の失敗
次の見直すチャンスは、一般相対論発表後に、
ハッブルが遠ざかっている銀河、つまり膨張宇宙が発見されたときに、宇宙が膨張していることを知ったとき、アインシュタインは「我が人生最大の失敗」と言ってアインシュタイン方程式から宇宙項を再び取り外した。
1947年 特殊相対論の座標の物理的解釈の反省
最終的にアインシュタインは、晩年に座標の物理的解釈を数学的公理で説明したことを取り除いて欲しいといった。
その思考は紆余曲線してるようであるが、そもそもアインシュタインの16歳の時の「もし自分が光の速さで飛んだら、顔は鏡(かがみ)に映るのだろうか?」を自身が解決できてないのではないか?
アインシュタイン死後の迷走
アインシュタインの死後も、特殊相対性理論の座標の物理的解釈は取り除かれず、
一般相対性理論の宇宙項の脱着の迷走が、今の学者にも続いている。
でもこの迷走は、アインシュタインからの問題提議であって、以下のアリストテレスと同じように逃げずに乗り越えていくべき偉大な課題でもある。