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絶対静止座標系のせいで忘れ去られた2乗3乗則の復帰

 ガリレオやケプラーの物理は2乗3乗則(近接作用)ですが、それが忘れ去られてしまった原因を書きます。

 ニュートンがガリレオやケプラーの物理を絶対時間(客観的存在)と相対時間(主観的実在)に分けて、体積力(遠隔作用)にしたのが、万有引力の法則や運動方程式です。

惑星が描く楕円軌道の平均距離(長軸半径)をa 、惑星の公転周期をTとすると、 T ∝a^{3/2}の関係がある。これを第3法則という。ケプラーはこの第3法則を経験的に得たと言われており、第1、第2法則より10年ほど後に発表している。この第3法則から、万有引力が導かれるhttps://www.ne.jp/asahi/tokyo/nkgw/gakusyu/rikigaku/docking/kepler/kepler/kepler.html

 この時点で近接作用と遠隔作用を同等として、力の分類を体積力と面積力に分けて(不自然)、それがのちの物理学をけん引して2乗3乗則は忘れ去れました。 逆に言えば、この近似法がうまく機能しすぎた。

実はニュートンは「遠隔作用」については 否定的な見方をしており、重力の本質は「近接作用」で説明されるべきであると考えていた。 (しかし、ニュートンは「近接作用が重力理論においてどのように導入されるべきかは 考えつくことができなかった」と悔いている。) ニュートンの近接作用説は、逆二乗則を用いた力学計算の成功によって 人々から忘れされていたのであった。http://www.isc.senshu-u.ac.jp/~thj0776/EM/

 が、どうも現実と合わない(MM実験絶対時間を時空連続体として焼き直したのがアインシュタインの相対論ですが、実はニュートンが分けた絶対時間(近接作用の障害になっていたので、ニュートンは悔いたけど、自分ではどうしようもなかった)を取り除く場合は、それまで遠隔作用として曖昧にしてきた2乗3乗則(Square-Cube Law)が効いてきますというか、体積面積比こそが1/rポテンシャルで重力の原因です。

 これは万有引力の法則も絶対静止系の概念と無関係で、2乗3乗則≠時空連続体です。

 アインシュタインが間違えたことが2つあります。

 1,ガリレイの相対性原理は、絶対静止座標系を客観的実在にしたニュートンの相対性原理ではない。

^ ガリレイ変換自身は、絶対静止座標系の概念とは無関係である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%A4%E5%A4%89%E6%8F%9B

 2,ニュートンの相対時間は、主観的実在で、時空連続体を客観的実在にしたアインシュタインの相対時間ではない。

ニュートンの言葉によれば、絶対時間はいかなる観察者とも無関係に存在し、宇宙のいかなる場所でも一定の早さで進んでいく。相対時間と異なり、絶対時間は知覚できるものではなく、数理的に理解するものだとニュートンは信じていた。ニュートンによれば、人間が知覚できるのは相対時間だけで、それは知覚可能な物体(月や太陽など)の運動を測定することと同義である。我々は物体が動くのを見て時間の経過を知るのである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E6%99%82%E9%96%93%E3%81%A8%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E7%A9%BA%E9%96%93

 だからニュートンは、絶対時間(客観的実在)と相対時間(主観的実在)を分けることにより、「遠隔作用」については否定的な見方を主観的実在の相対時間によりかろうじて均衡を保っていたが、取り除くべきは客観的実在であるがアインシュタインは1の区別がついてないので、2のニュートンの相対時間を躊躇なく

 結局、晩年のアインシュタインもニュートンを追従し、客観的実在を背景とした物理を悔いたけど、いいだしっぺの自分ではどうしようもなく、量子論の非局所相関に対して、不可解な遠隔作用というのが精いっぱいだった。

 座標の物理的解釈を(それ自身可能な何かを)一般にあきらめたくないならば、このような矛盾を許すほうがよいが----もちろん、理論の以後の研究において、それを取り除く必要はある。しかし、ここに述べた欠点を正当化して、距離を、他の物理的な量と本質的に異なる、特別な物理的実体であると想像すべきではない(“物理学を幾何学に還元する”など)。http://fnorio.com/0160special_theory_of_relativity/Einstein_1947/Einstein_1947.html

 だから、このニュートンの絶対静止座標系やアインシュタインの時空連続体の客観的実在を物理的実体と考えなければ、有っても無くてもどちらでも良い問題(大域的な慣性系は現実にはない)ともいえ、2乗3乗の法則から残った主観的実在論で行き詰らなければ良いともいえる。

新しい相対性理論によって,アインシュタインの時空の相対論が退けられて,逆に,アインシュタインによって物理学から葬りさられたニュートンの絶対的時空の概念が物理学に再び位置付けられる.http://okinawa-repo.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12001/24846/1/Vol.6+no.1+p.1+-15.pdf

 むしろ問題なのは、物理的実在でない客観的実在論を盾にして階層性問題等で行き詰っている素粒子物理学の標準理論の方である。

究極理論における時空構造は、 c数のローレンツ的 4 次元連続体のままでよいのだろうかという問題を考察する。 現在の素粒子物理学は、時空は 4 次元ミンコフスキーであるとして、大きな成功を収めている。 しかし多くの研究者が、時空構造に何らかの変更があることを期待している。 拡張への動機は、 発散の問題や階層性の問題の解決への期待、 内部対称性の時空構造による導出の可能性、量子重力との整合性などであろう。https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1524-7.pdf



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