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地域のつむぎ手の家づくり|真の「バリアフリー住宅」普及に向け工務店がコーディネーターの役割を担う<vol.13/阿部建設:愛知県名古屋市>

【連載について】“地域のつむぎ手の家づくり”って、なに?
家づくりをおこなう住宅会社には、全国一律で同じ住宅を建てる大規模な会社や、各地方でその土地の気候に合った住宅を建てる小規模な会社など、さまざまな種類のつくり手がいます。その中でも、その地域ならではの特色や、そこで暮らすおもしろい人々のことを知り尽くし、家をつくるだけでなく「人々をつなぎ、暮らしごと地域を豊かにする」取り組みもおこなう住宅会社がたくさん存在します。
この連載では、住宅業界のプロ向けメディアである新建ハウジングだからこそ知る「地域のつむぎ手」を担う住宅会社をピックアップ。地域での暮らしづくりの様子をそっと覗かせてもらい、風景写真とともにお届けします。

今回の<地域のつむぎ手>は・・・

阿部建設
愛知県名古屋市
社長 阿部一雄さん

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〈プロフィール〉
1964年愛知県生まれ。1905年創業の阿部建設に1989年入社。2005年に5代目社長に就任。注文住宅を中心に施設建築、リフォームを手掛ける。車いす生活を送る主人公の日常を描いた漫画『パーフェクトワールド』(講談社)のモデルとなった。

事故や病気で身体に障害を負った後、介助や介護を受けながら自宅で社会復帰を目指す人にとって住宅の機能は重要で、さまざまな生活パターンを想定した「バリアフリー住宅」が求められます。

若い時に事故で障害を負い、車いすで生活をしながら工務店を経営する阿部建設(愛知県名古屋市)社長の阿部一雄さんは「住まいがバリアフリーになることは特別なことではなく、むしろそれを標準と考えることがこれからの家づくりに必要だ」と訴えます。

障害のある人と家族の双方が快適に暮らせる住宅

阿部さんは、自身の経験も踏まえながら家づくりを通じて、障害のある人やその家族の生活にずっと向き合ってきました。「どうしたら介助や介護を受ける人と家族の双方が快適な住宅にできるのか。状況が変化した時の対応はどうしたらよいか」などを意識し、本人や家族の暮らしを身近なサポーターとして支える「バリアフリーコーディネーターの役割を果たしたい」と考えています。

加速する超高齢化社会のなかで時代や社会の要請として、本当の意味でのバリアフリー住宅は、さらに強く求められるようになります。阿部さんは「真のバリアフリー住宅・建築を実現するために、病院や介護・リハビリ施設など障害者の社会生活のサポートを担う各分野の機関、専門家、関係者からの情報を調整・統合し、それを住宅・建築に落とし込むコーディネート機能を工務店や建築士が積極的に担っていってほしい」と期待します。

自分自身の体験を生かす

阿部さんは、阿部建設の社長に就任する3年前、37歳で趣味のオートバイの事故が原因で脊髄を損傷し車いすの生活になりました。暮らしは一変しましたが、「この条件(立場)を住宅設計や暮らし方提案に生かす建築士がいてもいいじゃないか」と状況を受け入れ、単なる段差解消や手すりの設置ではなく真のバリアフリー住宅を目指そうと決めたそうです。 

以来、数百件のバリアフリー工事に携わる中で障害者や高齢者、そして介助・介護する家族と向き合ってきました。障害者の多くは「申し訳ないね」「家族に負担を掛けたくない」と自分の存在を否定し遠慮をします。一方で家族は、生活上の我慢を受け入れ暮らし方を妥協する生活を強いられます。こうしたお互いの気遣いが不満として徐々に蓄積されていくことは決して快適な暮らしとは言えません。

阿部さんは、こうした「心のバリア」を外し、本人とその家族がイメージした豊かな暮らしを実現することが障害者の視点から家づくりを考えることが自分の使命だと考えました。そして、真のバリアフリーの住まいを実現できた時、障害者とその家族にとって何物にも代えがたい喜びがあることを知り、自分自身も心地よい満足感を感じられたのです。

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デザインにこだわったアイランドキッチンは開放的なLDKに隣接
食卓を兼ねたカウンターは空間を、より有効に使える

工務店や建築士には幅広い仕事が求められる

障害を負い、退院後の生活を自宅で送ることになると、医師や理学療法士だけでなくケアマネージャーや介護業者、行政機関から情報を受け取るなど並大抵でない労力が求められます。バリアフリーコーディネーターとなる工務店の建築士は、医療機関をはじめとする関係者と調整を行い、障害者とその家族が最適な選択ができるよう手助けするのが仕事となります。

阿部建設では、年間に設計・施工を手掛ける約24棟の住宅のうち、バリアフリー住宅は4~5棟程度。障害者本人と直接会い、密にコミュニケーションしながら障害をどう受け止めているか、どんな生活をしたいのか、どこまで社会復帰したいか、などの話し合いを家族を含めて積み重ねることで、理想の暮らしのイメージが見えてくるそうです。 

こうした打ち合わせと並行して、例えばリハビリをサポートする作業療法士や生活をサポートするケースワーカーなどに助言をもらいながら、バリアフリー住宅に至る基本計画を完成させます。

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外用の車いすへの乗り換えスペースがある広めの玄関とパントリー。
キッチン、リビングを周遊できる動線となっており、
毎日の家事効率を向上させる

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車いすでカーポートからスロープを経て
玄関、居室、サンデッキを回遊できる動線を確保

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居室に隣接した多目的トイレ
丁寧にヒアリングして、それぞれにあわせてカスタマイズする

バリアフリー住宅が心理的な垣根を取り払う

例えば、玄関前の段差解消では1mの段差を解消するのには、実に10mのスロープが必要になります。敷地とデザインの観点からのスロープではなく、時には、段差解消機を採用するといった判断も求められます。2階を居室としていた人が事故で車いすの生活になり自宅に戻る事例では、病院関係者は1階のリビングの改修をすすめたが、家族が互いに気遣いすることなく外部から自室に直接行けるエレベーターの設置を推薦したこともあるそうです。

設備費については、行政の補助金や介護保険などの活用も可能です。打ち合わせに掛かる時間は通常の家づくりの2~3倍は覚悟する必要がありますが、こうしたプロセスをきちんと踏み、適切な判断に導くことが「真のバリアフリー住宅」につながります。

厚生労働省の予測では2055年には高齢者が人口の4割近くになる見通しで、バリアフリー住宅・建築の拡充は今後、一層社会的な要請となるはずです。体のハンディキャップは依然として(心理的な)垣根として居座っているが、バリアフリー住宅がこうした垣根を取り去って豊かな暮らしを提供してくれることを、阿部さんは強く願っています。

文:新建ハウジング編集部
写真:阿部建設提供




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