レディオヘッドと不法投棄

これの続きです。

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 冬の空はいつだって鈍色で、停滞した雲は観測できない速度で川へ流れ込み、太平洋へと向かって静かに、たぷたぷと運ばれていく。ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。昨日の空は今日の空とはまるっきり違う。今日の空も、明日になれば海に流れてしまう。それを、昔の人は諸行無常などと呼んで、鐘の声などに無常を見出したりなんかもした。
 解けない謎は数あれど、融けない氷はひとつも無い。永久凍土だって、太陽が膨張する何十億年後にはきっと融ける。でも、なぜ人が生きるのかは、たとえ太陽が蒸発したって解らない。
 
 雲ひとつない空の下、少女は静かに流れていく浅川の橋の欄干にもたれかかり、冬の午後を出来るだけ目立たないように遣り過ごしていた。
 小柄な体躯に不釣り合いの、大きなつばのついた帽子を被り、ふわふわのファーに縁取られたフードのついた、オリーブ色のモッズコートを羽織って、首にワインレッドのマフラーを巻いた少女は、吹きすさぶ風から身を護るように身体を縮めて、外套のポケットに手を突っ込んでいた。
 ウォークマンのイヤホンからはレディオヘッドが流れている。橋の上には冬のつめたい風がときおり吹き付け、その度に少女の身体から熱を奪い取ろうとする。
 
 「こんな所で……お嬢さん。待ち合わせか何かかい?」
 声がした方を見遣ると、そこには黒のチェスターコートに身を包んだ長身の男が、少女を見下ろしていた。少女は小さくかぶりを振ると、川下のほうに向き直り、水の流れに目を落とした。
 「なにか居るのかい? ……譬えば鯉だとか」
 男は少女の横にならぶと、同じように川を覗き込んだ。
 「……いないよ。ここは魚無川なんだ」
 少女は相変わらず川の流れを睨みながら呟いた。
 「魚の棲まない川は、嫌だね。きっとこの川の水は汚染されているんだ」
 男はそういうとコートのポケットから小箱と燐寸箱を取り出し、煙草を咥えた。
 「わたしは、魚なんていない方が好き。水があって、それが低い方へ流れて。それだけ」
 少女は男の方を見て言う。
 「流れに逆らって泳ぐ魚って、まったく不自然だよ」
 男はたばこに火をつけて、一度ふかしてから応える。
 「大いに健気で、大いに結構じゃあないか。人類だって、そうやって発展してきた。自然に打ち克ち、摂理に抗って」
 「馬鹿々々しい。」
 少女はそれだけ呟くとポケットからくしゃくしゃのレシートの様な紙切れを取り出して川の流れへ放り込んだ。
 紙切れは水面にふわりと落ちるとそのまま川下へ、水面を滑るかのようになめらかに流れていった。
 「どんな出来事も、時間とともに風化する。どんな人も、死んでしまったら、いずれ誰の記憶からも失われる。まるで、はじめからいなかったかのようにね」
 男は面食らって立ち尽くす。少女は続ける。
 「皆んなどう生きて、どう死ぬかに終始するけど、果たしてそれってどれくらい意味があるのかしら。川の水はそんなこと考えずに、流れ落ちていくのに」
 男は川へ灰を落としながら言う。
 「誰かを愛し、なにかに熱中していたら、すぐに老いぼれになっちまう。僕らの短すぎる人生には、それらの意味なんて考える暇すらない」
 「ふうん」
 少女は遠くに浮かぶ灰色に霞む冬の街並みに目を細めながら言う。
 「わたしは知りたいわ。全てのものが、なぜ存在し、なぜ消滅するのか」
 男は短くなった吸い殻を川に投げ捨てて言った。
 「見に行くかい? ……その答えってやつを」
 「……」
 「良い人生には哲学が必要だ。――佳い音楽に主題が必要なように」
 少女は男を見た。
 「……」
 冬の夜は忙しなく訪れる。いつの間にか陽は落ち、辺りは夕闇に溶け薄暗くなり始めていた。空には薄く普遍的な雲がめぐり、一様に拡がり、曇天の様相を呈していた。 

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かなり元気になります。

ありがとうございます!!!
バーチャル音楽ブロガー大学生おじさん。/中大(法)3年/音楽WEBマガジン『http://KOYA-SUS.com 』主筆
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