亜成虫の森で 1 #h


『もういい加減、諦めて』


そう書かれたケータイの画面が、
頭の中に、たまにフラッシュバックする。

20歳の、成人式の日。
最後にしようと送ったメールに
返ってきたメールはそんな感じだった。

あれからずいぶん経って
今ならいろいろわかる。
私はただの重い女だったし、
私の全てが間違っていた。



「どした?」

「…あ、松本さん。お疲れ様です」

「なんか、ぼーっとしてる」

「…昔のことを思い出してました」

「そう」

「帰ります。お疲れ様でした」

「うん。気をつけて」



バカみたいに、無駄に東京に出てきて
派遣でこの会社に来た。
結構な大企業だ。
私の部署の上司が松本さん。

びっくりするぐらいかっこいい。
ほんとに。
部署内、いや会社中の、
女性からの人気はものすごい。

私は人と関わるのが苦手なので
その女子の輪には入らない。

ただかっこいいとは思う。それは同情する。


なによりも仕事ができた。
わたしはそこが一番好きだった。

自分の上に人なんかいらないと思うタチの私でさえ、松本さんはほんとにすごいなあと思える人だった。

ただ、松本さん自身、女子のキャーキャーに応えるそぶりは見せなかった。

確かに優しくはある。誰に対しても優しい。だけど、その下心には絶対に触れない、そんな感じがした。

派遣の私にも分け隔てなく接してくれる。
ありがたかった。


普通に、嬉しかった。


帰ろうと席を立つと声をかけられた。

「あ、はる!待って!」

「はい?」

「外、雨降ってる。これ、持ってって」

「傘?…いやでも、松本さんは?傘なくなっちゃうじゃないですか」

「オレ折りたたみあるから。」

「…」

「ん?」

「あ、いえ。ありがとうございます。明日…じゃないか、月曜日、持ってきますね。あれ?月曜日でいいですか?」

「ふふ。いいよ」

「ありがとうございます。では、お疲れ様でした」

「お疲れ様」



私も折りたたみを持っていた。
断ることもできた。

でも、ちょっと優越感だった。
松本さんに。傘借りて。
嬉しかった。
同時に、そんなことで優越感に浸る自分がどうかとも思った。


ほとんど人がいなくなって薄暗い部屋を出た。

松本さんはなぜか私のことを「はる」と呼ぶ。
はるか、なんだけど。

でも大体の友達がはるとか、はるちゃんとかだから、別におかしなあだなというわけではない。


でもなあ。
松本さんはわかってないんだろうなあ。
「はる」なんて呼ばれてさ、私。
周りの人たちはみんな名字にさん付けなのに。
他の女性社員からの風当たりは本当に強いんだ。
視線と、態度と。
だから基本的に私は松本さんには無駄に話しかけたりはしない。

まあ、松本さんには関係ないっちゃないか。



別にそのくらいは。

なんてことない。


うん。大丈夫。


エントランスを出て、外に出た。
まあまあの雨が降っていて寒かった。

男性用の傘は少し重くて
だけど大きくて濡れなかった。
予想よりも大きな雨粒が傘にぶつかって
大きな音を立てていた。


残業すると余計に夜が暗くなった気がして、歩くのは億劫だった。

でも雨はあまり嫌いではない。

雨が降ると街がきれいに見える。そんな気がする。


汚れが全部


流されていくようで。






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