亜成虫の森で 15 #h

私たちは北山崎に向かって
延々とドライブした。

あんなに、今までずっと話せてないと言っていたのがウソのように、いろんな話をした。

北山崎の断崖絶壁から見る風景は
今までにみたことのないくらい荘厳なものだった。

手すりにふたりでよりかかる。

風が気持ちいい。

「ねえ」

「ん？」

「オレたちはさあ…、なんでこうなったんだろうね」

「どういう意味で？」

「なんで、別れちゃったのかなってさ」

「私振られたからね」

「え？そうだっけ？」

「え？そうだけど？」

「オレが振られたんだと思ってた」

「違うんですけど」

「オレのせいか〜」

「…。私はさ、謝りたかったよずっと。」

「え？なんで？」

「私ウザかったでしょ。なんかさ。なんて言えばいいかわからないけど。」

「そうだったっけ？」

「ごめんなさい。ありがとう。

…それだけだよ。」

「急に？」

「あなたとはやり直さない。よりは戻さない。」

「…」

「そうなるべくして、そうなったんだよきっと。」

「いつもそうやってさ、勝手に決めるじゃん」

「は？決めてませんけど。しかもいつもって何」

「めぐりめぐって、…はるかが良いって思ったっていうのは、ダメなの？」

「…遅いんだわ」

「それはそうだ」

「待ってる時間はとっくの昔に終わったんだよ」

「…でも」

「なに」

「どうしてひとりでいようとするの？いつも自分で決めて終わらせようとする。」

「…2人でいるのが終わったら1人になっちゃうでしょ。私それをあなたで知ったの。辛かった。だからもうそうなりたくないから。あんな痛い思いはしたくない。」

「…オレが悪かった。ごめん。」

急に抱きしめられた。

彼の香りが、記憶を蘇らせる。
夕暮れが、沈む太陽の光が、
私を15年前に連れ戻そうとする。

ダメだ、

「…ちょっと、離して！」

「…」

「何すんの」

「…戻ろう。あのときに。」

「…」

「夕方、野球場で話してたときに。」

「…」　

「はるかの気持ちが追いつくのには時間がかかる。オレの信用を取り戻すのにも時間がかかる。

それはわかってる。

わかってるけど、…一緒にいると思い出すんだよ。あの頃と一緒だって。温度が、感覚が、…」

私もそう思った。

温度が。

手に触れた温度があのときと一緒だった。

匂いと温度が狂わせる。
理性が吹き飛びそうだ。

今ここで全部捨てられたら

楽になれるかもしれない。

「来て」

彼が両手を広げる。

「…」

夕暮れの光があのときとだぶって
時間が巻き戻ったみたいだった。

思えばずっと夢見ていた。
時間が巻き戻ればいい。
永遠にあの幸せな時間が
続いていればいい。
私たちはまた一緒に…。

今、

もう一度手を繋げば
もう一度抱きしめれば
もう一度キスすれば

その夢は簡単に叶う。

私が望んでいたのはこれだったのか？

まあいい。
背負っていたものを捨てて
快楽に沈むのもまた一興か。

彼に向かって歩こうとしたとき

電話が鳴った。

「…もしもし」

「おー！久しぶり！元気だったか？」

「…うん」

「明後日帰る。成田に着く」

「ん？迎えにいけばいいってこと？」

「いや、別に…忙しいならいいけど、」

「何時？」

「夕方かな〜。詳しくわかったらまた連絡する。場所とか。」

「…わかった。」

にのが、帰ってくる。

何かが途切れた。

「電話、あの人だろ」

やめた。

「帰ろ。早くしないと、明日仕事なんでしょ？」

「あの人、はるかのこと好きだよ絶対。」

「絶対はこの世にない。」

絶対と宣ったあなたが、今この状況を生み出してるじゃないか。

「オレは諦めないよ」

「…。ご自由にどうぞ」

一気に現実に戻った。

私には今会いたい人がいる。

「ねえ」

「ん？」

「今日、楽しかった」

「…オレも。」

車を降り、家に入った。

これでいい。

これでいいんだ。

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