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アイランドホッパーでサンゴ礁巡検

グアムとハワイ(ホノルル)を結ぶ、通称アイランドホッパーと呼ばれるユナイテッド航空の路線がある。ユナイテッド航空がアジア太平洋のハブにしているグアムからだと、ミクロネシア連邦のチューク、ポンペイ、コスラエ、さらにマーシャル諸島のクワジェリンとマジュロに立ち寄る、まるで各駅停車のような路線で、直行便の倍くらいの時間をかけてグアムとハワイを週に3往復している。

わたしは琉球弧の自然環境に関する基礎的な講義で、サンゴ礁を教えている。サンゴ礁を扱うからには、ダーウィンが1842年に提唱した「沈降説」に触れないわけにはいかない。これは、火山島が沈降していくことで「裾礁→堡礁→環礁」となるという古典的なモデルで、太平洋のたくさんのサンゴ礁を観察して考えられたものとされる。

わたしが信じられないのは、プレートテクトニクスの知見が確立されている現在ならともかく、そのはるか前に、海洋プレートの移動と、海溝に向かった沈降を示唆するような理論を考えついたことである。いったいどういう発想からそんな理論が導き出されたのか、いつか原典をじっくり読みたいと思いながら、読まないまま今日に至ってしまった。

書斎派というよりフィールド派であるわたしは、今となっては入手が難しいだろう原典を探し当てるより、現場に行ってみようと思い立った。実は、まだ太平洋プレートに降り立ったことがなかったし、サンゴ礁といっても裾礁しか現物を観察したことがなかった。そんな教員が講義でサンゴ礁を偉そうに語っても、あまり説得力はないだろうと、前々から思ってもいた。

そこでアイランドホッパーである。ダーウィンのように太平洋を航海してサンゴ礁を巡っていくことは、現実的ではない。しかし、今の時代には、今の時代なりの手段がある。まともに購入するとそれなりに値が張るので、スターアライアンスのマイル特典で、マニラからの往復として発券した。

琉球弧から台湾島、ルソン島、九州パラオ海嶺、マリアナ弧を経由して、アイランドホッパーに乗り継ぎ、ホットスポットのハワイ諸島までホッピングしていくフライトは、現代版のサンゴ礁巡検の王道ルートに思えた。

グアムからハワイまでの往復で撮影した写真をいくつかピックアップ

往路:グアム~チューク~ポンペイ~マジュロ~ホノルル

ユナイテッド航空のハブであるグアム島を出発

ミクロネシア連邦のポンペイ島で寄り道

ポンペイ島を離陸するアイランドホッパー

マジュロ環礁に着信するアイランドホッパー

マーシャル諸島からハワイへ出発

ハワイ・ホノルル到着

ハワイ諸島では、ハワイ島はレンタカー、オアフ島はワイキキトロリーをフル活用して巡検。

火山岩がつくる崖の風化と侵食(ホノカア海岸)

パンチボウルのタフコーンからダイアモンドヘッド

ハナウマ湾の自然保護区

復路:ホノルル~マジュロ~クワジェリン~コスラエ~ポンペイ~チューク~グアム
(ポンペイは荒天のため着信できずスキップ)

ハワイ・ホノルル出発

マジュロ環礁に着陸するアイランドホッパー

クワジェリン環礁を離陸するアイランドホッパー

コスラエ島に着陸するアイランドホッパー

チューク諸島に着陸するアイランドホッパー

グアム島に帰着

海洋プレートのサンゴ礁は、琉球弧やマリアナ弧のような島弧のサンゴ礁とは、全然違う。ホットスポットとして形成された火山島を取り巻くようにサンゴ礁が形成され、海洋プレートが収束に向かうテクトニクスによって、火山島はだんだん沈降していく。しかし、プレートの収束境界に近づくにつれて主なタイプが裾礁→堡礁→環礁になるというほど、単純ではない。火山島の高さにも個性があり、ラグーンに沈降して環礁になるまでの時間もまちまちだからだろう。

地球科学では、完全無欠な理論というものはなかなか存在しない。たいていは当てはまらない事例が出てくる。ダーウィンの沈降説は、まず島弧のサンゴ礁には全く適用できないし、海洋プレートのホットスポットに形成されたサンゴ礁に対しても、通用しきれているとは言い難い。しかし、1842年という時代に、あたかもプレートテクトニクスを見通しているようなモデルを提起した才能と、それを学界に公表した勇気は、間違いなく賛賞に値するものと言える。

アイランドホッパーから西太平洋のサンゴ礁の分布を俯瞰して、ダーウィンはいったいどういうルートで、どこのサンゴ礁を観察し、沈降説を着想したのだろうと、改めて思った。やっぱり原典を当たるべきなのかもしれない。しかし、サンゴ礁に魅せられて航海を続け、マップ上にサンゴ礁のタイプをつぶさに記載していったであろうダーウィンの気持ちは、アイランドホッパーの旅のおかげで、ほんの少しだけとは言え、何となくわかった気がした。

地球科学、特に地理学や地質学は「観たもん勝ち」である。授業を受ける学生たちは、教員が不断の研鑽を積んでいるかを見抜いているはずだ。わたしは、誰が何と言おうと、誰からも何の評価もされないとしても、そういうフィールドワークを続ける。

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