39回:台風前夜

 私たちは先週末映画を観に行く約束をして、実際今日待ち合わせをしている。相手は少し遅れて、強い風の中をやって来る。
私は「残業?」と訊き、それには「少し」という応えがくる。
映画館から少し離れたところで割安なチケットを買って、私は足早に進む相手にひたすらついて行く。
上映まで1時間以上余裕があるのに、私たちは足早だった。
信号で止まっても互いに口数は少なく、チラっと最近観たドラマのタイトルを言い合うぐらいだった。
「これ面白かったよ」相手が携帯を渡してくる。
「『やれたかも委員会』見たことないな」

私たちは初めからチグハグだった。
その初めて互いを認識した2年前など警戒し合って初対面の挨拶さえしなかった。
確か1年前に自己紹介ぐらいは済ませて、FBを承認しあった。
その間、度々同じイベントに顔を出したりしていたが無視し合っていた。
なので先週急に映画の誘いがあったのは正直驚いた。
誘う方も誘う方だし二つ返事を出す方も出す方。

相手がチケットを引き換えている間、そんなことを考えていた。
「何食べよっか」私はとりあえず食事をしたかった。
「向かいの焼き鳥でいい?」相手が即座に返答する。
「うん」
映画館は夜市の中にある。だから両隣にも向かいにも裏にも屋台や飲食店がひしめいている。
私たちはその中で映画館から最短距離の屋台に行った。注文を待つ間、相手はタバコを吸う。その姿はぎこちないようで様にもなっていた。それでも私は行き交う人々をひたすら見ることに専念した。

私たちは焼き鳥を持って映画館のロビーで食べる。靴を脱いでベンチにあぐらをかく。そして、ようやく会話らしい会話をする。仕事のこととか大学院のこととか。ロビーのモニターにひたすら映し出される予告編を見ながら訥々と言葉を交わす。
「コンビニ行こう」
私は相手の提案にひたすら乗るだけだった。たぶん金貸してと言われたら貸してしまっていただろう。
セブンイレブンのイートインコーナーでチューハイを飲みながら私たちは再度他愛もないおしゃべりを開始する。
「台湾、つまんなくない?」
「えっ、そうなの。世界中どこでも退屈からは逃れられないと思うけど」
「ふーん。なんで台湾来たの」
「なんでだろう。よくわかんないよね」
私は考えなしに行動し、結果いまこの向かいに座る人と映画を観に来ている。誰かと一緒に映画に行くなんて数えるぐらいしかないのに。
「そういえばさ、中島みゆきいいよね」
「中島みゆきは良いよ。自分なんか中学の頃から聴いてる」
私は持っている中島みゆきの歌詞集『愛が好きです』のことを思い出す。台湾にも持ってきたぐらいには気に入ってる。
「歌詞がとっても好き。google翻訳に頼りながらだけど」
「うん。最高の詩人の一人だと思う」
「夜会観に行ったことある?
「流石にそこまでは」
「今度台中の上映会行こう」
「うん。行こう」
上映10分前になったので私たちはホールに急ぐ。暗転するまで私たちは楽しげに話した。本編が始まると私たちは腹が捩れるほど笑い。ひたすら笑った。
映画が終わると、私たちは他人行儀に戻った。
映画館を出て川沿いのベンチで相手はタバコを吹かす。
「いつから吸ってんの?」
「大学から」
「また遊ぼうよ」
「うん」
次はカラオケに行くと思う。儀礼的に私が誘うと思う。

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