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なぜいま若手は総合商社から去っていくのか

はじめに:問題の背景と概要

私は三菱商事、三井物産、住友商事、伊藤忠商事、丸紅等に称される総合商社で10年足らず勤めたのち、外資系のコンサルティング会社に転職しました。

勤務していた総合商社の同僚・上司は非常に魅力的で、また業務から得る知的な刺激も他では得難いものがありました。その為総合商社が非常に魅力的な職場のひとつであること、またそれに相応しい人材が揃う場であることはまず強調して申し上げておきます。学歴でも地頭でも一際劣る自分がその席を掴み取れたのは、ひとえに就活時代の必死の努力と、いくつもの偶然が重なった奇跡であると思います。

しかし私は、そんな奇跡でようやく入社出来た総合商社の肩書を捨て去る決意をしました。私の周りで見聞きする限り、実はこの潮流は総合商社業界全体で起きています。中でも30歳前後の、「総合商社とは何ぞや」を一通り修めた中堅若手の流出が止まりません。その流れは数年来に渡って各商社内で問題視されてきましたが、ここに来て遂にニュースにも取り上げられるようになり表面化してきました。

参考:

ここで取り上げられている中堅若手の立場から、人材流出が続く理由と、それが示唆する現在の人材市場と総合商社の構造的なジレンマについて考えてみたいと思います。

目次:
1:総合商社とは何か?
2:商社に入社する社員が商社で期待すること
3:若手のニーズと総合商社の実態のギャップ
4:まとめ

1:総合商社とは何か?

まず、そもそも総合商社とは何をしている企業なのか簡単に整理しましょう。これにより、次章以降で述べる若手商社への期待とギャップがより明確になります。

(a)仲介業:トレーディング業務、EPC業務

商社の商売のひとつ目はこれらの言わば「仲介業」です。商社と言えばこちらのイメージが強い方も未だに多いのではないでしょうか。これら業務は商社元来の商売として、90年代頃まで本業として栄えました、が、2000年代以降商社はその軸足を(b)で紹介する投資業務に移しています(もちろん今でも稼ぎまくっているトレーディング部隊も数多くあります)。この太字部分が重要になってきます。

なおトレーディングやEPC業務とは、大まかに言うと次のような業務です。

トレーディング:
石油や食料品などのコモディティを市場を通して、あるいは売り手と買い手を繋ぐことでより高く売り抜ける商売です。物を持っているけど売先が分からないAさんと、物を買いたいけど買先が分からないBさんの間に入ってあげて、100円でAさんから仕入れた物をBさんに110円で売ってあげるイメージですね。

EPC:
Engineering, Procurement and Constructionの略語で、簡単に言うと工場などの建設を請け負う業務です。もちろん商社は自分で工場建設する為の作業員や技術者、資材は持たないので、建設業者や設計業者を別途起用し、それを全て取り纏める責任者として顧客と契約します。各パートを受け持つ業者を顧客自身で個別に雇うと本来は100円で工場が建てられるけど、商社が各業者を取り纏め、オーガナイザーとして立ち回ってくれるので手間賃10円を乗せて商社と110円で契約するようなイメージです。

こうした仲介業は商社の源流である一方、最近では以下の投資業務が主流になりつつあります。

(b)投資業務

2000年代以降の商社の本業はこちらです。ある会社の株式を一部取得し、その会社からの配当金収入や持分利益で業績を挙げる形態ですね。

特に商社では後者の持分利益を重視する場合が多いです。馴染みのない方に簡単に説明すると、ある企業Aの株式を一定程度(15%~49%程度)取得すると、会計上企業Aは持分法適用の関係会社という扱いとなり、商社は企業Aの純利益を、出資比率に応じて自社の利益として計上出来ます。

今の商社の純利益の多くはこの持分損益により稼ぎ出されています。この利益はその他営業外損益欄に計上される為、会計上は売上ではありません。従い商社では売上が0で、売上総利益のレベルでは赤字の部署が大量にあります。しかしそのせいで降格したりはしません。なぜなら全ては営業外損益に記載される持分利益で評価されるからです。

これら(a)(b)で成り立つのが現代の商社です。本筋ではないのでこれ以上深入りしませんが、興味のある方は下記などご参考下さい。

2:商社に入社する社員が総合商社で期待すること

上記の通り、仲介業を源流としつつも投資業務で儲けるのが現代の商社です。就活生の認識も既に同様であり、基本的には投資事業を行う会社として商社を見ています。その上で、若手社員が総合商社でやりたいことは何なのか見ていきましょう。

(a)国際的なフィールドで活躍したい
やはり総合商社と言えばこれが代表的な魅力ではないでしょうか。上述の仲介業や投資業務を、国の枠組みを超えて営業・開発し実現する。私自身、縁あって各大陸を飛び回り、プライベートでは行かなかったであろう国も数多く訪ねました。こうした「世界を飛び回って仕事をする」という響きに憧れ入ってくる若手は多いです。

(b)投資業務知識を培いたい
投資業務が主業となった総合商社において、投資のプロフェッショナルとして成長したいという意識です。投資をしたいなら投資銀行やファンドといった選択肢もあり得ますが、上記(a)の国際性や、よりハンズオンで投資先の経営に携われそうといった志向で総合商社を選ぶ人間が多いです。その意味で、「経営者としての知識を培いたい」というニーズもここに含まれます。

(c)早期の自己成長を実現したい
なんだか手前味噌なのですが、総合商社はやはり就活生にも人気な「イケてる」職業のイメージも未だ強いです。激務な一方バイタリティ溢れる人間だらけでどんどん裁量ある仕事が任せられる、従い凄いスピードで成長出来そう。そんなエネルギ ッシュな環境を求めてやってくる若手も非常に多いです。

これ以外にも総合商社には様々な魅力があり、その期待に応ずるだけの実態も伴っていると思います。しかし上記3点を取り上げたのは、これらがその中でも総合商社の志望理由として最たるものであり、一方で若手が去っていくギャップを生む最たる理由でもあると考える為です。

以下でその理由を説明しましょう。

3:若手のニーズと総合商社の実態のギャップ

(a)「国際的なフィールドで活躍したい」のギャップ
声を大にして言いたいのですが、海外で行う業務は、国内で行うそれと本質的に変わりません。

これは非常に大事なので強調しておきます。商社の国際的な仕事となると、なんだか非常に国際色豊かでグローバルな匂いを期待する人が多いのですが、海外出張の場合と海外駐在の場合と、それぞれ実際はどうなのか見ていきましょう。

海外出張:
海外出張でやることの9割はホテルと現地顧客オフィスの往復です。余った時間はホテルで日本側の通常業務を処理する時間に充てられます。従い平日は渡航先の生活に直に触れる時間はありません。週末をまたぐ出張となって、ようやく1日観光に充てる時間が取れるくらいでしょうか。土日のどちらかは平日に処理しきれなかった通常業務の処理や出張の経過報告などの業務に充てられます。

海外駐在:
先進国駐在の場合は制限なく自由な暮らしをすることが出来ます。現地の文化交流も己次第でもちろん出来るのですが、それよりは現地日本人会の交流、現地顧客との関係維持を第一にエネルギーを使うため、現地文化に触れてローカルなコミュニティに溶け込むことに使えるエネルギーはさして多くありません。

発展途上国駐在の場合はより制限的です。休日も徒歩移動は厳禁で、運転手付きの車移動となります。この場合、週末どこかに行きたければ毎度運転手の予定を押さえて働いてもらう必要があります。毎度そんなことも出来ないので、休日は軽い軟禁状態となります。

以上の通り、恐らく総合商社以外の方が思うほど、現地の文化に溶け込んでいる訳ではないのが実態です。数年駐在していても、仕事の繋がり以外の現地の友人は誰もいないという人も珍しくありません。

もちろん自己努力で現地に溶け込む方もいらっしゃいますが、それを海外にいることの主目的とするならば、JICAの青年海外協力隊などの方が適切かもしれません。商社の海外業務はあくまで海外で「日本と変わらない営業業務をすること」以上のものではない(=現地に溶け込んで何かすることとは似て非なる)ことを知っておく必要があります。

これはいざ書き出してみると当たり前のことなのですが、実感として入社時に認識している若手は少ないのが実態です。この点をギャップに感じた若手は、青年海外協力隊に行ったり、海外の大学院に入学し、修了後現地化してそこで働くなどの道を辿ります。

(b)「投資業務知識を培いたい」のギャップ
総合商社は投資業務と仲介業務のハイブリッドで成り立っている業態であり、どちらかの専門家にはなり得ません。

もうこれが全てです。商社で求められるのは、仲介業務も投資業務も広く浅く修めたハイブリッドなジェネラリストです。より深く専門的な部分は外部の専門家に外注します。従い商社では仲介も投資も「それなり」に出来る人材が求められます(これはこれで非常に貴重な人材だと思います)。その意味でファンドや投資銀行に比するとプロフェッショナルな投資知識を培う場所とは言い難い部分があります。

この点、投資を専門に修めたいと思っていた若手が仲介業などに配属されると、ファンドや投資銀行に行くパターンが散見されます。投資ではなく、投資を通して経営知識を深めたいと志向していた若手の場合は、経営コンサル、戦略コンサルに流れます。

(c)「早期の自己成長を実現したい」のギャップ

これがある意味一番深刻かもしれません。総合商社は戦場こそグローバルですが、紛うことなき「日本の」大企業です。

いくら若手にやる気があろうと、10年目くらいまではやる気のない同期ともほとんど給与水準に差はなく、肩書が付くこともありません。またジョブ制度のように明文化された責任範囲がある訳ではないので、チーム編成によってはいつまでも業務の数割を雑務が占めます。業務も海外顧客との営業のやり取りよりも、社内向けの業務が大半を占める印象です。

日本有数のイケイケな総合商社に入ったと思ったのに、毎日やっているのは社内の資料作成。加えて、その業務をどれだけこなしても同期の昇給はほぼ横並び。(c)の意気込みを持ちながらこうした状況に直面した若手は、より自由に動けそうなスタートアップ企業に転職する傾向があります。

4:まとめ

ここまでの流れを纏めると、私見ですが上記3つの掛け合わせで以下のようなマトリクスで若手が流出する傾向があるように思います。

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上記で挙げた3つのギャップに対して総合商社が取りえる対抗策は以下ではないでしょうか。

グローバルギャップ、投資ギャップ:
これらは現状の総合商社の業態と不可分の話であるため、組織内の改革は困難(あるいは時間が掛かる)と思われます。むしろ商社の投資業務はファンドと何が違うのか、商社の国際的な働き方とは実態として何なのか。これらを就活生、企業が共に忌憚なく勉強・発信し合うことで不幸な認識差を抱えて入社してくる母数を減らせるのではないでしょうか。

成長ギャップ:
これは私見ながら、商社に限らず国際的に商売をする日本の大企業が取り組むべき喫緊の課題であると思います。横並びの昇給・昇進、時間の掛かる稟議制度(海外顧客の意思決定スピードと明らかに沿わない)、それに伴う雑務などは、高いモチベーションを持って入社してきた期待の人材にほどマイナスの効果を与えてしまいます。

そして転職市場の流動性が高まった現代では、そうしたやる気はあるけどくすぶっている人材をより理想的な環境で迎え入れる企業がいくつもあります。であれば、自己成長をKPIとする限りにおいて、総合商社でくすぶり続ける理由は彼らにはありません。

この問題の根深さは、恐らく最もモチベーションとバイタリティに溢れた人材を逃がしているであろう点です。「自分の働き先は自分で選べる」現代において、総合商社のブランドは既に万能ではありません。冒頭の記事の通り、既に各社とも危機感を持って対処を始めています。この先この傾向がどうなるかは数年内に見えてくるのではないかと思います。

以上

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