【書籍】COVID-19神経ハンドブック 急性期,後遺症からワクチン副反応まで
書店でたまたま手に取った書籍ですが、興味深い内容でした。ワクチンの副作用に関する情報、新型コロナウイルスに感染した後の症状(long COVID, Neuro-COVID) に関する情報もまとめられています。専門書の位置づけですが、一般の方にとっても、比較的読みやすいのではと思います。最新情報を得るには、PubMed の総説を読めば良いのですが、母国語の書籍として知識がまとまっていることも重要です。オススメの書籍です。
新型コロナウイルス感染症の一件について(思ったこと)
新型コロナウイルス感染症の一件で、自分が課題だと感じたことは、以下の通りです。
①サイエンスの正確な情報が、一般の人になかなか伝わらない
→ サイエンス・リテラシーの欠如、科学コミュニケーターの不在
②不合理な見解、思い付きレベルの主張が感情を伴って強大な影響力を持つ
→ インフォデミックによる社会混乱
③悪意のある大衆扇動
→ プロパガンダ(政治/恐怖)、ポジショントーク、レントシーキング
・努力と徒労の混同、政策担当者の思考停止(質の高いイシューの不在)
→ 主体的な判断力の喪失、価値判断能力の欠如、専門知識の欠如
例えば、サイエンス・リテラシーについての一例を挙げると、「エアロゾル感染」に関する話題があります。これは2020年の初頭には、すでに言及されていた論点です。実際、自分も2020年の前半には、知人と以下のような会話をしていたのを覚えてます。
「エアロゾル感染が起きているとしたら、普通のマスクで防げるんだろうか。毎日、N95マスク付けるのはさすがに。妥協して、不織布マスクでもそこそこいけるのかな?」
「アルコール消毒は大事なのかもしれんけど、それより換気をしないとダメなんじゃないの? 屋内は気を付けないとアカンね。密室は避けましょう」
「エアロゾル感染と空気感染の境界がよく分からん。飛沫核を覆っている水分量の違い? いずれにせよ、飛沫感染や接触感染のみが前提になっている今の感染症対策っておかしくない?」
「エアロゾル感染の経路がメインなら、濃厚接触とか、Super Spreader について考える意味はあるのか? トレースできるとは思えんけど」
「屋外でマスクをフル装備。これって、どれくらい意味があるのかな? 屋内の場合は、した方がリスクヘッジになるとは思うけど。それにしても【マスクがドレスコードになる】って、面白い現象だよね」
「ドラフトチャンバーが完備されている場所なら、コロナウイルスに感染するリスクは低いと思われる。飲み会の開催が不可避なら、焼肉屋でやりましょう」
※エアロゾル感染の可能性について最初に知ったのは、下記の NEJM の記事がきっかけだったと思います。それで、いろいろとフォローし始めた。
2020/4/16
Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1
10.1056/NEJMc2004973
上述のエアロゾル感染にしろ、SARS-CoV-2 の変異メカニズムにしろ、ウイルスの起源の問題にしろ、神経疾患との関連にしろ、現在においても一般の方に対してエビデンス情報が正しく伝わっていない。これが、現実だと思います。ワクチンや治療薬の開発競争状況、サイエンス・リテラシーの崩壊状況。これらを見ていて、「日本はすでに科学立国ではないのだな」と、確信にも似た不安を感じた自分がいます。自宅療養や自宅待機が政策として決定された時も、「あー、家庭内感染が爆発するなコレ」と思ったりしたわけです。
とはいえ、浦沢直樹先生が『20世紀少年』の中で表現されているような、暗黒時代にはならなくて良かった。(なってないですよね?)
(この漫画には、AKIRA にも似た先見性が含まれていると思います。戦後の連想というか、ループ構造というか。"ともだち" の言った「すべての文明が滅んだあと、あれだけが残るんだ。素晴らしいよね。」というシーンは、個人的にも、けっこうドキリとしました。オススメの作品です)
今回思ったことは、感染力が高いウイルスが相手の場合、重要なのはウイルス本体を叩くことではなく、「重症化を抑制すること(死者を出さないこと)」「医療崩壊を防ぐこと」「後遺症のフォローアップを徹底すること」ではないかという点です。人間の体には強力な免疫系がすでに備わっており、天然の抗体はやはり優秀。これを最大限活用しつつ、感染者の QOL やマクロ経済への影響等を、複眼的に考えることが大事なのではないかと思います。
COVID-19 のような感染症、それによる社会問題が起きた時、情報ソースとして重要なのは「信頼できる専門家の意見」「原著論文や総説などの文献情報」だと思います。新型コロナの件で正しい洞察をしてきた人は、PubMed で学術論文をサーベイしつつ、最新の研究動向をフォローしてきたはずです。なにしろ、新型コロナウイルスに関する学術論文は、社会貢献の意味もあり、大体が無料で読むことができるわけです。問題だったのは、そのほとんどすべてが英語であったことくらいです。
やはり、重要なのは「一次ソースの情報」だと思います。【ぼくのかんがえた ちょーかんぺきな しんがたころなういるすしゃかいろん】を見かけたら、「この人の評論を読むより、論文の総説を読んだ方が良いな」と、冷静になるのが大事だと思います。学術論文の引用が具体的にできない方は、ちょっと怪しいわけです。学問において、文献引用の技術 (Reference List の構築) は、ちょっとした奥義なのです。
下記リンクを叩くと、COVID-19 に関する最新の総説が読めます。今は機械翻訳技術が発達しているので、英文から情報を得る敷居は、格段に低くなっています。まず読んでみる、という姿勢が大事だと思います。
論文どころか総説もありすぎて、何を読めば良いか全く分からん! という方は、とりあえず IF (インパクトファクター) の高い論文を読んでみるのをオススメします (例えば、NEJM, Lancet, JAMA, BMJ などから出ている総説)。
※COVID-19 については、論文が多すぎて自分も困ってます。
ちなみに、その科学的情報がどれくらい信頼できるか(エビデンスレベルが高いか)は、下記のような【エビデンスピラミッド】で考えられます。上に位置する情報ほど、信頼性が高いわけです。テレビで見かける有識者の方々が語る見解や解説が、どのエビデンスレべルの情報に基づいているか。これを見抜けることは、情報リテラシーにかかわる部分です。実生活を送る上でも大事なポイントだと思います。
以下は、long COVID に関する最近の総説です。long COVID は創薬の標的疾患としても注目が集まっているようで、今後の動向が楽しみではあります。(ただ、原因は複数あるようで、一筋縄ではいかない印象・・・)
2022/1
Pathological sequelae of long-haul COVID
10.1038/s41590-021-01104-y
2022/3
The immunology and immunopathology of COVID-19
10.1126/science.abm8108
2022/10
The neurobiology of long COVID
10.1016/j.neuron.2022.10.006
COVID-19 の件が、どのような社会的収束に至るのか。自分にはまだよく分かりませんが、もうちょっとのような気もするので、事態の収束までお互い、冷静な判断を心がけていきましょう。